小池晃氏は、地域医療の現場で医師として働いた後、国政へ進んだ政治家です。国会では医療・社会保障だけでなく、労働、年金、税制、平和や人権をめぐる問題まで幅広く取り上げてきました。
政治家になる以前の暮らしや学生時代をたどると、戦争をめぐる原体験、医師を志したきっかけ、大学での学生自治会活動、患者と向き合った地域医療の経験が一本の流れとして見えてきます。
- 転勤の多い少年時代と医学生自治会での活動を経て、地域医療の医師になりました。
- 医療現場から国政へ進み、参院議席の喪失と都知事選への挑戦を経て国会へ復帰しました。
- 医療・社会保障を軸に国会論戦を重ね、日本共産党の政策責任者や書記局長も務めてきました。
小池晃の生い立ち|転勤の多い家庭で各地を移り住んだ少年時代
小池晃氏は1960年6月9日、東京都世田谷区で生まれました。幼いころはひばりが丘団地で暮らしましたが、父親の勤務先の転勤が多く、神奈川県大和市、福岡市、東京都中野区などを移り、幼稚園のころに武蔵野市へ移りました。
武蔵野市立大野田小学校の校舎建て替え時には、返還が決まっていた米軍住宅地区のアメリカンスクール校舎で約1年間学んだ経験があります。本人は、遊具や学校施設の立派さが子ども心に強く残ったと振り返っています。
もう一つ、少年時代の記憶として長く残ったのが、小学校の図書館で見た報道写真でした。写真家・石川文洋氏が撮影したベトナム戦争の写真に接し、戦争そのものへの強い疑問と反発を抱くようになりました。
戦争反対が、僕の原点です。
出典:小池晃公式サイト「プロフィール」(公開日記載なし)
中学卒業後は東京教育大学附属駒場高等学校へ進みました。学校はのちの筑波大学附属駒場高等学校です。高校時代には横浜市から東京まで通学し、3年生のころ日本民主青年同盟に入りました。
小池晃の学歴|医学を志し、東北大学で学生運動にも取り組む
| 区分 | 学校名 | 学部・専攻 | 現在の偏差値・難易度 | 備考 |
|---|---|---|---|---|
| 小学校 | 武蔵野市立大野田小学校 | ― | ― | 東京都武蔵野市 |
| 中学校 | 武蔵野市立第四中学校 | ― | ― | ― |
| 高校 | 東京教育大学附属駒場高等学校 | ― | 77(後身・筑波大学附属駒場高校の2026年度参考値) | 現在の筑波大学附属駒場高等学校 |
| 大学 | 東北大学 | 医学部医学科 | 67.5(2027年度参考) | 卒業 |
※高校は後身校の現在値を参考として掲載しています。
医師という進路を考えるうえで影響を受けた本の一つが、父親の本棚にあった若月俊一氏の『村で病気とたたかう』でした。地域の住民と一緒に健康をつくる医療の姿を知り、病気だけを見るのではなく、人の生活や社会まで見る医師像に関心を持ちました。
大学受験には一度失敗し、予備校生活を送っています。その浪人中の1979年、19歳で日本共産党に入党しました。翌1980年、東北大学医学部に入学します。
大学では教養部自治会の委員長として学費値上げ反対運動に参加しました。医学部に進んでからは、全国の医学生が医療と社会の問題を考える活動にも加わり、1984年には全日本医学生自治会連合の再建に携わりました。
全国医学生自治会連絡会議委員長を務め、1985年には全日本学生自治会総連合の副委員長、国際部長となりました。医学の勉強と並行して、学生組織の運営にも深く関わった時期です。
小池晃の経歴|地域医療の医師として患者の暮らしを見る
1987年3月に東北大学医学部医学科を卒業すると、同年4月に東京都板橋区の健康文化会小豆沢病院へ入りました。その後は甲府共立病院、北病院、代々木病院などで診療にあたり、専門は消化器内科でした。
勤務した民医連系の病院では、医師だけで治療を進めるのではなく、看護師、薬剤師、検査技師、事務職などが連携するチーム医療を経験しました。一方で、診察室では医学的な治療だけでは解決できない患者の事情にも繰り返し直面します。
本人が後に紹介した例の一つが、糖尿病を抱えながら経済的な理由で入院をためらった個人タクシー運転手です。脳卒中の治療後に自宅へ戻れる状態まで回復しながら、家族が仕事を休めず在宅生活へ戻れなかった高齢患者もいました。
救急外来には、受診が遅れて進行したがん患者や、長時間労働の末に若くして心臓病や脳卒中を発症した人も来院しました。病気の背景にある生活条件や社会保障制度まで見なければ、患者の命を守り切れないという問題意識が強まっていきます。
いのちをまもるには、おおもとの政治を変えなければならない。
出典:小池晃公式サイト(公開日記載なし)
1998年、医療現場から初めての国政選挙へ
日本共産党から参議院比例代表への立候補を打診されたのは1997年でした。本人は、政治家への転身を医師とは別の世界へ移ることとは考えず、医療現場で感じてきた問題を制度の側から変える仕事として受け止めたと振り返っています。
初めて経験する街頭演説や政見放送では、医師として患者へ治療内容を分かりやすく説明してきた経験も生かしたといいます。翌1998年7月、第18回参議院議員通常選挙の比例代表で初当選しました。
最初の国会活動では、医療現場で得た具体的な事実を質問へ持ち込む手法が目立ちます。2001年の参議院厚生労働委員会では、関西医科大学病院の研修医だった森大仁氏の過労死問題を取り上げました。
当時、大学側は研修医を労働者として扱わない立場でした。小池氏の質問に対し、厚生労働省の労働基準局長は研修医が労働者に当たるとの認識を示し、労働基準法上の問題があれば指導すると答弁しました。
2004年1月には日本共産党の常任幹部会委員、政策委員長となり、同年7月の参院選比例代表で2選。2007年には党参議院議員団長となり、参議院議員団幹事長も兼ねました。
2010年の落選、都知事選を経て国政へ戻る
2010年の参院選では、それまでの比例代表ではなく東京都選挙区から出馬しました。552,187票を得ましたが、定数5に対して6位。初当選から2期12年続いた参議院議員としての在職がここで途切れます。
そして今後の選挙で捲土重来を期したい
出典:しんぶん赤旗「“捲土重来を期す”/小池氏がラジオ出演」(2010年7月14日)
翌2011年には「革新都政をつくる会」に擁立され、日本共産党の推薦を受けて東京都知事選挙へ無所属で立候補しました。623,913票を得ましたが、石原慎太郎氏らに及ばず4位で落選しました。
2013年2月には日本共産党副委員長に就任。同年7月の参院選では再び比例代表から立候補し、3年ぶりに参議院へ復帰しました。
3年ぶりに「永田町国会病院」の診療再開!
出典:しんぶん赤旗「国民の期待担って 比例当選議員に聞く/命守る政治 実現に全力」(2013年7月29日)
政策責任者から日本共産党書記局長へ
国政復帰後は党副委員長として活動し、2016年4月の第5回中央委員会総会で日本共産党書記局長に就任しました。前任の山下芳生氏が健康上の理由で交代したことに伴う人事でした。
書記局長は、党の国会対応だけでなく、選挙、組織運営、他党との協議、記者会見など日常的な党務の中心に立つ役職です。小池氏は国会議員として質問に立ちながら、党を代表する会見や政治交渉も担うようになりました。
2019年の参院選比例代表で4選。2025年の参院選でも比例代表から立候補し、107,866票を得て5期目の当選を果たしました。
小池晃氏が取り組んできた政策・政治姿勢
医療・社会保障――患者負担と国の責任を問う
医師出身という経歴を最も直接的に生かしてきた分野が医療・社会保障です。患者の自己負担、診療報酬、医療従事者の働き方、病床政策などを長く国会で取り上げてきました。
2026年7月の参議院予算委員会では、高齢者の医療費窓口負担をさらに引き上げる政府方針を取り上げました。負担を世代間で押し付け合うのではなく、国庫負担を増やし、現役世代と高齢者の双方の負担を軽くするよう求めています。
災害時の医療アクセスにも継続して関わっています。2025年8月には能登半島を訪れ、石川県知事との懇談で、被災者の医療・介護費負担免除の復活などを要望しました。
労働問題――長時間労働と固定残業代を追及
医療現場で過労によって病気になった患者を診てきた経験とは別に、国会では労働法制そのものを具体的に取り上げてきました。2014年の参議院厚生労働委員会では、いわゆるブラック企業で固定残業代が悪用され、実際の残業時間に見合う賃金が支払われていない問題を質問しています。
2026年8月には、日本共産党国会議員団として厚生労働省に対し、残業時間をめぐる行政指導の見直しについて撤回を求めました。労働時間を抑える規制を弱める動きに対しては、一貫して慎重な立場を取っています。
年金――マクロ経済スライドの廃止を求める
年金では、物価や賃金の変動に対して年金給付の伸びを抑える「マクロ経済スライド」の廃止を求めています。2019年の国会論戦では、高所得者の厚生年金保険料の上限を引き上げることで財源を確保し、年金削減を止める案を提示しました。
老後資金を個人の貯蓄だけに委ねるのではなく、公的年金そのものの給付水準を底上げすることを主張してきたのが、この分野での基本的な立場です。
税制――消費税減税と富裕層への課税強化
税制では、消費税を全品目一律5%へ引き下げ、将来的な廃止を目指す立場です。食料品だけを対象にする方式ではなく、複数税率を解消してインボイス制度も廃止する案を主張しています。
減税財源については、大株主をはじめとする富裕層の金融所得課税を強化する「タックス・ザ・リッチ」を提示しています。2026年6月の参議院財政金融委員会でも、海外との税負担の比較を示しながら大株主への課税強化を求めました。
消費税は一律5%に恒久減税し、廃止を目指すべきだ
出典:しんぶん赤旗「消費税一律5%に/小池氏『財源は富裕層課税』」(2026年6月17日)
平和・安全保障――憲法9条と核兵器廃絶
安全保障をめぐっては、憲法9条の改定や軍事費の大幅な拡大に反対し、外交による紛争回避を重視する立場です。核兵器禁止条約への日本の参加、非核三原則の維持、核兵器廃絶も繰り返し訴えてきました。
2026年3月、国会前で開かれた平和憲法を守る緊急行動では、若い世代が多数参加している様子を自身のXで伝えています。
選択的夫婦別姓など個人の権利をめぐる課題
家族制度や人権をめぐっては、選択的夫婦別姓制度の導入を支持しています。2025年から2026年にかけても、選択的夫婦別姓の導入を求める請願の紹介議員を繰り返し務めました。
同性婚を含む性的少数者の権利についても制度整備を求める立場で、2025年6月にはTokyo Prideへの参加を発信しています。
| 年月日 | 選挙 | 選挙区・地域 | 所属 | 結果 | 得票・順位 |
|---|---|---|---|---|---|
| 1998年 7月12日 | 第18回参議院議員通常選挙 初当選。日本共産党は比例代表で8議席を獲得し、小池晃氏は拘束名簿6位で当選。 | 比例代表 | 日本共産党 | 当選 | 該当なし(拘束名簿式のため候補者個人票なし) 日本共産党名簿順位6位 |
| 2004年 7月11日 | 第20回参議院議員通常選挙 2期目。日本共産党は比例代表で4議席を獲得。 | 比例代表 | 日本共産党 | 当選 | 105,481.169票 日本共産党候補者別得票2位 |
| 2010年 7月11日 | 第22回参議院議員通常選挙 比例代表から東京都選挙区へ移り立候補。次点となり、2期12年保持していた参議院議席を失った。 | 東京都 選挙区 | 日本共産党 | 落選 | 552,187票 6位 |
| 2011年 4月10日 | 東京都知事選挙 「革新都政をつくる会」が擁立し、日本共産党が推薦。 | 東京都 | 無所属 | 落選 | 623,913票 4位 |
| 2013年 7月21日 | 第23回参議院議員通常選挙 3年ぶりに国政へ復帰し、参議院議員3期目。 | 比例代表 | 日本共産党 | 当選 | 134,325.222票 日本共産党候補者別得票1位 |
| 2019年 7月21日 | 第25回参議院議員通常選挙 参議院議員4期目。 | 比例代表 | 日本共産党 | 当選 | 158,621票 日本共産党候補者別得票1位 |
| 2025年 7月20日 | 第27回参議院議員通常選挙 参議院議員5期目。日本共産党の比例獲得2議席のうち1議席を得た。 | 比例代表 | 日本共産党 | 当選 | 107,866票 日本共産党候補者別得票1位 |
小池晃氏の国会発言をテーマ別に見る
記事本文で扱ったテーマを、本人の国会発言まで深掘りできます。まずは代表的な発言を表示し、関連発言があるテーマだけ追加で確認できます。
社会保障財源と消費税
「社会保障の財源は消費税だという、こんなことはもう議論をやめるべき」
小池氏は、社会保障財源を消費税に結び付ける考え方を批判し、直接税を含めた税財政全体で社会保障財源を検討すべきだと主張した。
医療と介護の連携
「訪問看護、医療系サービスについては、連携するなといったって連携しなきゃ仕事できない」
訪問看護などの医療系サービスでは医療と介護の連携が不可欠だとして、診療報酬では連携を促しながら介護報酬では不利になる制度上の矛盾を指摘した。
年金と高齢者の医療負担
「老後の最低生活を保障するという性格を大きくゆがめる」
年金課税や医療・介護保険料への波及を取り上げ、高齢者の医療費まで含めて老後の最低生活を保障する視点が必要だと主張した。
※ 内容の要点は公式一次情報をもとに整理しています。正確な文脈・全文は各リンク先の公式資料から確認できます。
小池晃氏をめぐる評価と論点
党幹部としての言動が問題となった出来事もあります。2022年11月5日の日本共産党の会議で、報告中の人名を訂正した田村智子氏に対し、小池氏が強い口調で叱責しました。
小池氏は後に、自身の言動をパワーハラスメントだったと認めて田村氏へ謝罪。日本共産党常任幹部会は同月14日、党規約に基づく警告処分を決定しました。
会議での私の言動はパワーハラスメントそのものであり、あってはならないことだった。
出典:しんぶん赤旗「田村政策委員長への言動/小池書記局長 パワハラと認め謝罪」(2022年11月15日)
動画で見る小池晃氏
日本共産党公式チャンネルでは、2025年参院選での小池氏の一日に密着した映像を公開しています。街頭や移動中の様子を含み、国会質問とは異なる場面での話し方や選挙活動を見ることができます。
小池晃氏の現在情報
医療・社会保障、労働、税制、平和・安全保障などを国会で継続的に取り上げ、党運営にも携わっている。
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- 氏名、生年月日、出生地、学歴、当選年、当選回数、選出区分、所属会派、委員会、党役職を確認
- 小中学校、大学、学生時代、医師歴、政界入り、党役職、生い立ち、医療現場での経験を確認
- 公式X、公式YouTube、政治活動、医師から政治へ進んだ理由を確認
- 2016年4月の日本共産党書記局長就任を確認
- 2014年の固定残業代、ブラック企業をめぐる国会質問を確認
- マクロ経済スライド廃止、高所得者の年金保険料上限見直しを含む年金政策を確認
- 2022年の田村智子氏への言動、本人の謝罪、警告処分を確認
- 2010年参院東京選挙区の得票数、順位、定数を確認
- 2011年東京都知事選の得票数、党派を確認
- 2025年参院比例代表の得票数、当落、日本共産党候補者内順位を確認
この記事の更新履歴
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- 2026年9月2日 記事を新規作成。現況情報を確認




















