小池晃の経歴・学歴と生い立ち|地域医療の医師から参議院議員、日本共産党書記局長まで

小池晃
ひと目でわかるプロフィール 小池晃
こいけ あきら
出身地
東京都世田谷区
初当選
1998年(第18回参議院議員通常選挙)
最終学歴
東北大学医学部医学科卒業
主な前職
医師
政界入り
専門職から
生年月日 1960年6月9日
血液型 O型

小池晃氏は、地域医療の現場で医師として働いた後、国政へ進んだ政治家です。国会では医療・社会保障だけでなく、労働、年金、税制、平和や人権をめぐる問題まで幅広く取り上げてきました。

政治家になる以前の暮らしや学生時代をたどると、戦争をめぐる原体験、医師を志したきっかけ、大学での学生自治会活動、患者と向き合った地域医療の経験が一本の流れとして見えてきます。

小池晃氏を理解する3つのポイント
  1. 転勤の多い少年時代と医学生自治会での活動を経て、地域医療の医師になりました。
  2. 医療現場から国政へ進み、参院議席の喪失と都知事選への挑戦を経て国会へ復帰しました。
  3. 医療・社会保障を軸に国会論戦を重ね、日本共産党の政策責任者や書記局長も務めてきました。

小池晃の生い立ち|転勤の多い家庭で各地を移り住んだ少年時代

小池晃氏は1960年6月9日、東京都世田谷区で生まれました。幼いころはひばりが丘団地で暮らしましたが、父親の勤務先の転勤が多く、神奈川県大和市、福岡市、東京都中野区などを移り、幼稚園のころに武蔵野市へ移りました。

武蔵野市立大野田小学校の校舎建て替え時には、返還が決まっていた米軍住宅地区のアメリカンスクール校舎で約1年間学んだ経験があります。本人は、遊具や学校施設の立派さが子ども心に強く残ったと振り返っています。

もう一つ、少年時代の記憶として長く残ったのが、小学校の図書館で見た報道写真でした。写真家・石川文洋氏が撮影したベトナム戦争の写真に接し、戦争そのものへの強い疑問と反発を抱くようになりました。

戦争反対が、僕の原点です。

出典:小池晃公式サイト「プロフィール」(公開日記載なし)

中学卒業後は東京教育大学附属駒場高等学校へ進みました。学校はのちの筑波大学附属駒場高等学校です。高校時代には横浜市から東京まで通学し、3年生のころ日本民主青年同盟に入りました。

小池晃の学歴|医学を志し、東北大学で学生運動にも取り組む

学歴一覧小池晃の学校歴
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区分学校名学部・専攻現在の偏差値・難易度備考
小学校武蔵野市立大野田小学校――東京都武蔵野市
中学校武蔵野市立第四中学校―――
高校東京教育大学附属駒場高等学校―77(後身・筑波大学附属駒場高校の2026年度参考値)現在の筑波大学附属駒場高等学校
大学東北大学医学部医学科67.5(2027年度参考)卒業

※高校は後身校の現在値を参考として掲載しています。

医師という進路を考えるうえで影響を受けた本の一つが、父親の本棚にあった若月俊一氏の『村で病気とたたかう』でした。地域の住民と一緒に健康をつくる医療の姿を知り、病気だけを見るのではなく、人の生活や社会まで見る医師像に関心を持ちました。

大学受験には一度失敗し、予備校生活を送っています。その浪人中の1979年、19歳で日本共産党に入党しました。翌1980年、東北大学医学部に入学します。

大学では教養部自治会の委員長として学費値上げ反対運動に参加しました。医学部に進んでからは、全国の医学生が医療と社会の問題を考える活動にも加わり、1984年には全日本医学生自治会連合の再建に携わりました。

全国医学生自治会連絡会議委員長を務め、1985年には全日本学生自治会総連合の副委員長、国際部長となりました。医学の勉強と並行して、学生組織の運営にも深く関わった時期です。

小池晃の経歴|地域医療の医師として患者の暮らしを見る

1987年3月に東北大学医学部医学科を卒業すると、同年4月に東京都板橋区の健康文化会小豆沢病院へ入りました。その後は甲府共立病院、北病院、代々木病院などで診療にあたり、専門は消化器内科でした。

勤務した民医連系の病院では、医師だけで治療を進めるのではなく、看護師、薬剤師、検査技師、事務職などが連携するチーム医療を経験しました。一方で、診察室では医学的な治療だけでは解決できない患者の事情にも繰り返し直面します。

本人が後に紹介した例の一つが、糖尿病を抱えながら経済的な理由で入院をためらった個人タクシー運転手です。脳卒中の治療後に自宅へ戻れる状態まで回復しながら、家族が仕事を休めず在宅生活へ戻れなかった高齢患者もいました。

救急外来には、受診が遅れて進行したがん患者や、長時間労働の末に若くして心臓病や脳卒中を発症した人も来院しました。病気の背景にある生活条件や社会保障制度まで見なければ、患者の命を守り切れないという問題意識が強まっていきます。

いのちをまもるには、おおもとの政治を変えなければならない。

出典:小池晃公式サイト(公開日記載なし)

1998年、医療現場から初めての国政選挙へ

日本共産党から参議院比例代表への立候補を打診されたのは1997年でした。本人は、政治家への転身を医師とは別の世界へ移ることとは考えず、医療現場で感じてきた問題を制度の側から変える仕事として受け止めたと振り返っています。

初めて経験する街頭演説や政見放送では、医師として患者へ治療内容を分かりやすく説明してきた経験も生かしたといいます。翌1998年7月、第18回参議院議員通常選挙の比例代表で初当選しました。

最初の国会活動では、医療現場で得た具体的な事実を質問へ持ち込む手法が目立ちます。2001年の参議院厚生労働委員会では、関西医科大学病院の研修医だった森大仁氏の過労死問題を取り上げました。

当時、大学側は研修医を労働者として扱わない立場でした。小池氏の質問に対し、厚生労働省の労働基準局長は研修医が労働者に当たるとの認識を示し、労働基準法上の問題があれば指導すると答弁しました。

2004年1月には日本共産党の常任幹部会委員、政策委員長となり、同年7月の参院選比例代表で2選。2007年には党参議院議員団長となり、参議院議員団幹事長も兼ねました。

2010年の落選、都知事選を経て国政へ戻る

2010年の参院選では、それまでの比例代表ではなく東京都選挙区から出馬しました。552,187票を得ましたが、定数5に対して6位。初当選から2期12年続いた参議院議員としての在職がここで途切れます。

そして今後の選挙で捲土重来を期したい

出典:しんぶん赤旗「“捲土重来を期す”/小池氏がラジオ出演」(2010年7月14日)

翌2011年には「革新都政をつくる会」に擁立され、日本共産党の推薦を受けて東京都知事選挙へ無所属で立候補しました。623,913票を得ましたが、石原慎太郎氏らに及ばず4位で落選しました。

2013年2月には日本共産党副委員長に就任。同年7月の参院選では再び比例代表から立候補し、3年ぶりに参議院へ復帰しました。

3年ぶりに「永田町国会病院」の診療再開!

出典:しんぶん赤旗「国民の期待担って 比例当選議員に聞く/命守る政治 実現に全力」(2013年7月29日)
人生年表 小池晃さんの歩み
1960年6月9日
東京都世田谷区で生まれる
父親の転勤で各地に暮らし、幼稚園期から中学卒業まで武蔵野市で過ごす
1979年
日本共産党に入党
大学受験の浪人中、19歳で入党
1980年
東北大学医学部へ入学
学生自治会活動や医学生の全国組織再建に取り組む
1984年
全国医学生自治会連絡会議委員長
全日本医学生自治会連合の再建に携わる
1985年
全日本学生自治会総連合副委員長・国際部長
1987年3月
東北大学医学部医学科を卒業
1987年4月
健康文化会小豆沢病院に入職
甲府共立病院、北病院、代々木病院などで医師として勤務
1998年
全日本民主医療機関連合会理事
1998年7月
参議院議員に初当選
比例代表・日本共産党
2004年1月
日本共産党政策委員長に就任
常任幹部会委員を兼ねる
2007年8月
日本共産党参議院議員団長に就任
参議院議員団幹事長を兼任
2010年7月
参議院東京選挙区で落選
2期12年務めた国会議席を失う
2011年4月
東京都知事選挙に立候補
無所属・日本共産党推薦で出馬し落選
2013年2月
日本共産党副委員長に就任
2013年7月
参議院議員に返り咲く
比例代表で3期目
2016年4月
日本共産党書記局長に就任
2019年7月
参議院議員に4選
比例代表
2025年7月
参議院議員に5選
比例代表

政策責任者から日本共産党書記局長へ

国政復帰後は党副委員長として活動し、2016年4月の第5回中央委員会総会で日本共産党書記局長に就任しました。前任の山下芳生氏が健康上の理由で交代したことに伴う人事でした。

書記局長は、党の国会対応だけでなく、選挙、組織運営、他党との協議、記者会見など日常的な党務の中心に立つ役職です。小池氏は国会議員として質問に立ちながら、党を代表する会見や政治交渉も担うようになりました。

2019年の参院選比例代表で4選。2025年の参院選でも比例代表から立候補し、107,866票を得て5期目の当選を果たしました。

小池晃氏が取り組んできた政策・政治姿勢

医療・社会保障――患者負担と国の責任を問う

医師出身という経歴を最も直接的に生かしてきた分野が医療・社会保障です。患者の自己負担、診療報酬、医療従事者の働き方、病床政策などを長く国会で取り上げてきました。

2026年7月の参議院予算委員会では、高齢者の医療費窓口負担をさらに引き上げる政府方針を取り上げました。負担を世代間で押し付け合うのではなく、国庫負担を増やし、現役世代と高齢者の双方の負担を軽くするよう求めています。

災害時の医療アクセスにも継続して関わっています。2025年8月には能登半島を訪れ、石川県知事との懇談で、被災者の医療・介護費負担免除の復活などを要望しました。

労働問題――長時間労働と固定残業代を追及

医療現場で過労によって病気になった患者を診てきた経験とは別に、国会では労働法制そのものを具体的に取り上げてきました。2014年の参議院厚生労働委員会では、いわゆるブラック企業で固定残業代が悪用され、実際の残業時間に見合う賃金が支払われていない問題を質問しています。

2026年8月には、日本共産党国会議員団として厚生労働省に対し、残業時間をめぐる行政指導の見直しについて撤回を求めました。労働時間を抑える規制を弱める動きに対しては、一貫して慎重な立場を取っています。

年金――マクロ経済スライドの廃止を求める

年金では、物価や賃金の変動に対して年金給付の伸びを抑える「マクロ経済スライド」の廃止を求めています。2019年の国会論戦では、高所得者の厚生年金保険料の上限を引き上げることで財源を確保し、年金削減を止める案を提示しました。

老後資金を個人の貯蓄だけに委ねるのではなく、公的年金そのものの給付水準を底上げすることを主張してきたのが、この分野での基本的な立場です。

税制――消費税減税と富裕層への課税強化

税制では、消費税を全品目一律5%へ引き下げ、将来的な廃止を目指す立場です。食料品だけを対象にする方式ではなく、複数税率を解消してインボイス制度も廃止する案を主張しています。

減税財源については、大株主をはじめとする富裕層の金融所得課税を強化する「タックス・ザ・リッチ」を提示しています。2026年6月の参議院財政金融委員会でも、海外との税負担の比較を示しながら大株主への課税強化を求めました。

消費税は一律5%に恒久減税し、廃止を目指すべきだ

出典:しんぶん赤旗「消費税一律5%に/小池氏『財源は富裕層課税』」(2026年6月17日)

平和・安全保障――憲法9条と核兵器廃絶

安全保障をめぐっては、憲法9条の改定や軍事費の大幅な拡大に反対し、外交による紛争回避を重視する立場です。核兵器禁止条約への日本の参加、非核三原則の維持、核兵器廃絶も繰り返し訴えてきました。

2026年3月、国会前で開かれた平和憲法を守る緊急行動では、若い世代が多数参加している様子を自身のXで伝えています。

選択的夫婦別姓など個人の権利をめぐる課題

家族制度や人権をめぐっては、選択的夫婦別姓制度の導入を支持しています。2025年から2026年にかけても、選択的夫婦別姓の導入を求める請願の紹介議員を繰り返し務めました。

同性婚を含む性的少数者の権利についても制度整備を求める立場で、2025年6月にはTokyo Prideへの参加を発信しています。

選挙歴 小池晃の選挙歴
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年月日選挙選挙区・地域所属結果得票・順位
第18回参議院議員通常選挙
定数:50 比例復活:該当なし
初当選。日本共産党は比例代表で8議席を獲得し、小池晃氏は拘束名簿6位で当選。
比例代表 日本共産党 当選 該当なし(拘束名簿式のため候補者個人票なし) 日本共産党名簿順位6位
第20回参議院議員通常選挙
定数:48 比例復活:該当なし
2期目。日本共産党は比例代表で4議席を獲得。
比例代表 日本共産党 当選 105,481.169票 日本共産党候補者別得票2位
第22回参議院議員通常選挙
定数:5 比例復活:該当なし
比例代表から東京都選挙区へ移り立候補。次点となり、2期12年保持していた参議院議席を失った。
東京都 選挙区 日本共産党 落選 552,187票 6位
東京都知事選挙
定数:1 比例復活:該当なし
「革新都政をつくる会」が擁立し、日本共産党が推薦。
東京都 無所属 落選 623,913票 4位
第23回参議院議員通常選挙
定数:48 比例復活:該当なし
3年ぶりに国政へ復帰し、参議院議員3期目。
比例代表 日本共産党 当選 134,325.222票 日本共産党候補者別得票1位
第25回参議院議員通常選挙
定数:50 比例復活:該当なし
参議院議員4期目。
比例代表 日本共産党 当選 158,621票 日本共産党候補者別得票1位
第27回参議院議員通常選挙
定数:50 比例復活:該当なし
参議院議員5期目。日本共産党の比例獲得2議席のうち1議席を得た。
比例代表 日本共産党 当選 107,866票 日本共産党候補者別得票1位

小池晃氏の国会発言をテーマ別に見る

一次情報を深掘り

記事本文で扱ったテーマを、本人の国会発言まで深掘りできます。まずは代表的な発言を表示し、関連発言があるテーマだけ追加で確認できます。

社会保障財源と消費税

医療と介護の連携

年金と高齢者の医療負担

※ 内容の要点は公式一次情報をもとに整理しています。正確な文脈・全文は各リンク先の公式資料から確認できます。

小池晃氏をめぐる評価と論点

党幹部としての言動が問題となった出来事もあります。2022年11月5日の日本共産党の会議で、報告中の人名を訂正した田村智子氏に対し、小池氏が強い口調で叱責しました。

小池氏は後に、自身の言動をパワーハラスメントだったと認めて田村氏へ謝罪。日本共産党常任幹部会は同月14日、党規約に基づく警告処分を決定しました。

会議での私の言動はパワーハラスメントそのものであり、あってはならないことだった。

出典:しんぶん赤旗「田村政策委員長への言動/小池書記局長 パワハラと認め謝罪」(2022年11月15日)
政治人生の転機 小池晃の政治人生の転機
01
1998年7月
地域医療の医師から参議院議員へ
1997年に党から参院比例代表への立候補を要請され、翌年の参院選で初当選。
なぜ転機なのか 10年以上携わった医療現場を離れ、国会で医療・社会保障をはじめとする制度そのものを扱う立場へ移ったため。
02
2010年7月
参院東京選挙区で落選
東京都選挙区で552,187票を得たものの6位となり、定数5に届かなかった。
なぜ転機なのか 2期12年続いた国会議員としての活動がいったん途切れ、その後の都知事選挑戦と国政再挑戦へ進んだため。
03
2013年7月
3年ぶりに参議院へ復帰
参院比例代表で当選し、3期目の国会活動を開始。
なぜ転機なのか 2010年の落選と2011年の東京都知事選敗北を経て、再び国政へ戻ったため。
04
2016年4月
日本共産党書記局長に就任
党第5回中央委員会総会で新書記局長となった。
なぜ転機なのか 国会議員としての活動に加え、党の日常的な運営と政治対応を担う主要幹部となったため。

動画で見る小池晃氏

日本共産党公式チャンネルでは、2025年参院選での小池氏の一日に密着した映像を公開しています。街頭や移動中の様子を含み、国会質問とは異なる場面での話し方や選挙活動を見ることができます。

小池晃氏の現在情報

2026年9月2日 時点
現在の公職 参議院議員
現在の所属 日本共産党
選挙区・選出地域 比例代表
現在の期・任期 参議院議員5期目
現在の主な役職
日本共産党書記局長

医療・社会保障、労働、税制、平和・安全保障などを国会で継続的に取り上げ、党運営にも携わっている。

関連書籍
小池晃さんの著書・関連書籍
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小池晃対話集 政治に希望はある
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どうする日本の年金
著者:小池晃(1960-) / 出版社:新日本出版社 / 発売日:2004年05月
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これからどうする!介護と医療
著者:小池晃(1960-) / 出版社:新日本出版社 / 発売日:2001年05月30日頃

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参考・出典 この記事で参照した主な資料
公式・一次情報
選挙・公的資料

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