平口洋の経歴・学歴と生い立ち|建設官僚から広島2区、法務大臣まで

平口洋
ひと目でわかるプロフィール 平口洋
ひらぐち ひろし
出身地
広島県江田島市
初当選
2005年(第44回衆議院議員総選挙)
最終学歴
東京大学法学部卒業
主な前職
官僚・国家公務員
政界入り
官僚から
生年月日 1948年8月1日
血液型 A型

平口洋の生い立ち|江田島で生まれ、広島学院で水泳と哲学に熱中

平口洋氏は1948年8月1日、広島県江田島市に生まれました。1967年に広島学院高等学校を卒業しています。

本人の一問一答には、政治経歴だけでは見えにくい少年時代の関心が残されています。小学生の頃に思い描いていた仕事を尋ねられると、化学実験が好きだったことを理由に、化学者と答えています。

化学の実験が好きだったので、化学者

出典:平口洋ホームページ「プロフィール/平口ひろし一問一答」(公開日記載なし)

高校時代に熱中したものとして挙げているのは、水泳と哲学です。20歳の頃に志望した職業については裁判官と回答しており、幼少期の理科への関心とは違う方向にも興味を広げていました。

高校卒業後は東京大学法学部へ進みました。大学生の頃には、サークルで脳性まひの子どものための募金活動や、知的障害児について知ってもらうための啓発活動にも参加しています。

1972年3月に東京大学法学部を卒業。翌4月、建設省へ入りました。

平口洋の学歴|広島学院高校から東京大学法学部、米国留学へ

学歴一覧平口洋の学校歴
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区分学校名学部・専攻現在の偏差値・難易度備考
高校広島学院高等学校―現在は高校募集なし中高一貫
大学東京大学法学部67.5(文科一類・2027年度参考)卒業
大学院ペンシルベニア大学大学院地域計画日本式の偏差値なし留学

※広島学院高校は現在高校募集がなく、海外大学院は日本式偏差値で比較していません。

平口洋氏は、建設省で道路、地域計画、河川行政などに携わった後、広島を政治活動の基盤として国政へ進んだ政治家です。

官僚時代だけでも中央省庁、鳥取県、秋田県警察本部と異なる現場を経験しています。この記事では、少年時代に抱いた夢や学生時代の活動から、初めての国政選挙、落選と再挑戦、国会や政府で担った役割までを時系列でたどります。

平口洋氏を理解する3つのポイント
  1. 学生時代には理系分野や法曹に関心を持ち、大学では福祉に関わる活動にも参加しました。
  2. 建設行政を中心に地方行政や警察行政も経験した後、官僚を退いて国政選挙へ挑みました。
  3. 国会では法務、環境、厚生労働、国土交通、農林水産など幅広い分野の役職を経験しています。

平口洋の経歴|道路局から地域計画、地方行政へ広がった官僚時代

建設省で最初に配属されたのは道路局でした。その後、1975年7月には米国ペンシルベニア大学大学院へ留学し、地域計画を学んでいます。

帰国後の経歴には、中央省庁だけでなく地方での勤務も並びます。1981年10月には鳥取県企画部企画課長となり、県の企画行政を担当しました。

1993年7月には建設省建設経済局調整課長。1995年8月には建設行政とは異なる秋田県警察本部長に就きました。

2000年6月には河川局次長を務めています。道路から地域計画、建設経済、警察、河川まで、官僚時代の担当分野は一つに限定されていませんでした。

そして2001年、国土交通省を辞職します。この時点で約30年にわたった行政官としての経歴に区切りを付けました。

2003年、広島2区で初めて国政選挙へ

退官から2年後、2003年の第43回衆院選で広島2区から初めて国政選挙に挑戦しました。この選挙では無所属の会から立候補し、61,472票で2位となり、当選には届きませんでした。

初出馬後の時期について、本人は一問一答の中で、人々に自分の考えや気持ちを分かってもらうために努力し、一日を精いっぱい生きることへ力を注いだと振り返っています。

この時期にいちばん成長したと思う。

出典:平口洋ホームページ「プロフィール/平口ひろし一問一答」(公開日記載なし)

2004年10月には自由民主党広島県第2選挙区支部長に就任します。次の衆院選では所属を自由民主党へ移して再挑戦しました。

2005年9月11日の第44回衆院選では129,462票を獲得。広島2区で初当選し、衆議院議員として国政に入りました。

2009年の落選と、議席を離れていた時期

初当選から4年後の2009年、第45回衆院選では110,238票を得ましたが、民主党の松本大輔氏が149,227票を獲得し、平口氏は議席を失いました。比例中国ブロックとの重複立候補でしたが、比例復活もありませんでした。

国会の議席を持っていなかった時期の活動を伝える記録の一つが、東日本大震災後の福島県訪問です。震災から1カ月余りが過ぎた2011年春、福島県南相馬市原町区萱浜の被災地を訪れています。

現地には安否を伝える伝言板が設置され、その下には位牌や卒塔婆、花や供え物が集められていました。後年、「思い出の一枚」としてこのときの写真を紹介しています。

私も訪れた方々と共に合掌しました。

出典:自由民主党「『思い出の一枚』平口洋衆議院議員」(2024年11月15日)

再び国政選挙へ臨んだのは2012年12月です。第46回衆院選の広島2区で109,823票を獲得し、3年余りを経て衆議院へ復帰しました。

法務・環境分野で政府と国会の役職を経験

国政復帰後は、政府の役職にも入ります。2013年9月、第2次安倍内閣で法務大臣政務官に就任しました。

2014年の第47回衆院選で3期目の当選を果たした後、2015年には衆議院予算委員会理事などを務め、同年10月に第3次安倍改造内閣の環境副大臣となりました。

2016年8月には自民党副幹事長。2017年10月の衆院選で4選すると、翌11月に衆議院法務委員長へ就きました。

2018年10月には第4次安倍改造内閣で法務副大臣に就任します。政務官、衆議院法務委員長、副大臣と、法務行政に関わる異なる立場を経験することになりました。

厚生労働、国土交通、農林水産、政治改革へ

2019年10月には自民党の厚生労働部会長となりました。新型コロナウイルス感染症が広がった2020年には、党の動画企画で厚生労働分野の課題を説明しています。

同年10月には国土交通部会長へ移りました。建設省出身の平口氏にとって、官僚時代にも長く関わった国土交通分野を、今度は政党の政策審議を担う立場から扱うことになります。

自民党のCafeStaで国土交通部会の雰囲気を尋ねられた際には、各議員が地元や国への思いを持ち寄り議論する様子を、短い言葉で表現しました。

まるで活火山帯のよう

出典:自由民主党「政策キーパーソンに聞く!国土交通部会 ゲスト:平口 洋 国土交通部会長」(2020年12月25日)

2021年10月の第49回衆院選では133,126票を得て5選。同年11月には衆議院農林水産委員長に就きました。

2022年9月には自由民主党広島県支部連合会会長となり、翌10月には衆議院政治倫理の確立及び公職選挙法改正に関する特別委員長を務めました。

2023年には党広報本部副本部長と報道局長、2024年には衆議院政治改革に関する特別委員会理事を経験。第50回衆院選で6選した後は、党政務調査会副会長や衆議院環境委員会理事を務めています。

2025年、法務大臣として初入閣

2025年10月21日、平口氏は第1次高市内閣で法務大臣に就任しました。法務大臣政務官、衆議院法務委員長、法務副大臣を経ての初入閣でした。

同年11月18日の衆議院法務委員会では、基本法制の維持・整備、法秩序、権利擁護、出入国・在留管理など、法務省が担う分野を挙げた上で所信を表明しています。

これから述べる具体的課題に全力で取り組んでまいります。

出典:法務省「第219回国会(臨時会)衆議院法務委員会における平口洋法務大臣所信表明」(2025年11月18日)

法務行政の具体的な課題として示したものには、再犯防止、犯罪被害者支援、治安対策、人権擁護、出入国・在留管理などがありました。再犯防止では、国や地方公共団体だけでなく、保護司、更生保護事業者、協力雇用主など民間の協力者とも連携する方針を示しています。

2026年2月8日の第51回衆院選では94,750票を得て、広島2区で7選。同月18日に発足した第2次高市内閣でも法務大臣に再任されました。

その後、2026年9月17日の内閣改造に伴って法務大臣を退任しました。後任には山下貴司氏が就任しています。

人生年表 平口洋さんの歩み
1948年8月1日
広島県江田島市に生まれる
1967年
広島学院高等学校を卒業
1972年3月
東京大学法学部を卒業
1972年4月
建設省に入省
道路局に配属
1975年7月
米国ペンシルベニア大学大学院へ留学
地域計画を学ぶ
1981年10月
鳥取県企画部企画課長に就任
1993年7月
建設省建設経済局調整課長に就任
1995年8月
秋田県警察本部長に就任
2000年6月
河川局次長に就任
2001年
国土交通省を辞職
2003年11月
第43回衆議院議員総選挙に初出馬
広島2区で落選
2004年10月
自由民主党広島県第2選挙区支部長に就任
2005年9月
第44回衆議院議員総選挙で初当選
広島2区
2009年8月
第45回衆議院議員総選挙で落選
2012年12月
第46回衆議院議員総選挙で国政復帰
2期目
2013年9月
法務大臣政務官に就任
2015年10月
環境副大臣に就任
2016年8月
自由民主党副幹事長に就任
2017年11月
衆議院法務委員長に就任
2018年10月
法務副大臣に就任
2019年10月
自由民主党厚生労働部会長に就任
2020年10月
自由民主党国土交通部会長に就任
2021年11月
衆議院農林水産委員長に就任
2022年9月
自由民主党広島県支部連合会会長に就任
2022年10月
衆議院政治倫理の確立及び公職選挙法改正に関する特別委員長に就任
2023年9月
自由民主党広報本部副本部長・報道局長に就任
2024年10月
第50回衆議院議員総選挙で6選
広島2区
2025年10月21日
法務大臣に就任
第1次高市内閣
2026年2月8日
第51回衆議院議員総選挙で7選
広島2区
2026年2月18日
第2次高市内閣で法務大臣に再任
2026年9月17日
法務大臣を退任
第2次高市内閣改造に伴う

平口洋氏が掲げる政策・政治姿勢

政治資金の透明化

政治資金については、本人の政策ページで、独立性を確保した公平な第三者機関の設置と、政治団体代表者の責任強化を掲げています。

国会では2024年に衆議院政治改革に関する特別委員会理事を務めており、党内でも政務調査会副会長などを経験しました。

子育て世帯と高齢者への支援

少子化対策では児童手当のさらなる拡充、子ども・子育て支援制度の充実、若年世代の所得増加を掲げています。

高齢者政策では、物価高への対応を意識した年金、健康や生きがいを支える環境づくりに加え、独居高齢者を支える助け合いの仕組みを政策項目に入れています。

国土強靱化と防災・減災

建設・国土交通行政を長く経験してきた平口氏は、政策ページでも防災・減災を独立した項目として掲げています。

東日本大震災から15年となった2026年3月には、本人Xで被災地を訪れた当時の写真とともに、災害に強い国づくりを進める考えを発信しています。

道路・河川の防災・減災機能を強化します。

出典:平口洋ホームページ「平口ひろしの政策」(公開日記載なし)

同じ政策項目では、老朽化した施設の更新も掲げています。自然災害への対応と既存インフラの維持を組み合わせた内容です。

物価高への対応と賃金

経済分野では、ガソリンなどの燃料や農産物の価格上昇を抑えることに加え、企業の収益力を高め、その収益を賃金引き上げにつなげる方針を掲げています。

公教育、不登校、教育費

教育政策では、質の高い公教育の再生、不登校対策、教育費負担の軽減を挙げています。本人の政策ページでは「誰一人取り残さない教育」を目標に置いています。

広島から取り組む平和政策

広島に関わる政策として掲げているのが、旧陸軍被服支廠の保存です。被爆地の歴史を残す施設を平和の象徴として位置づけています。

核軍縮では、G7広島サミットの「広島ビジョン」を踏まえ、「核兵器のない世界」を目指して実践的な取り組みを進めるとしています。

選挙歴 平口洋の選挙歴
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年月日選挙選挙区・地域所属結果得票・順位
第43回衆議院議員総選挙
定数:1 比例復活:なし
初出馬
広島県 第2区 無所属の会 落選 61,472 2位
第44回衆議院議員総選挙
定数:1 比例復活:なし
衆議院議員初当選
広島県 第2区 自由民主党 当選 129,462 1位
第45回衆議院議員総選挙
定数:1 比例復活:なし
比例中国ブロックとの重複立候補、比例復活なし
広島県 第2区 自由民主党 落選 110,238 2位
第46回衆議院議員総選挙
定数:1 比例復活:なし
国政復帰、2期目
広島県 第2区 自由民主党 当選 109,823 1位
第47回衆議院議員総選挙
定数:1 比例復活:なし
3期目
広島県 第2区 自由民主党 当選 102,719 1位
第48回衆議院議員総選挙
定数:1 比例復活:なし
4期目
広島県 第2区 自由民主党 当選 96,718 1位
第49回衆議院議員総選挙
定数:1 比例復活:なし
5期目
広島県 第2区 自由民主党 当選 133,126 1位
第50回衆議院議員総選挙
定数:1 比例復活:なし
6期目
広島県 第2区 自由民主党 当選 82,443 1位
第51回衆議院議員総選挙
定数:1 比例復活:なし
7期目
広島県 第2区 自由民主党 当選 94,750 1位

平口洋氏の国会発言をテーマ別に見る

一次情報を深掘り

記事本文で扱ったテーマを、本人の国会発言まで深掘りできます。まずは代表的な発言を表示し、関連発言があるテーマだけ追加で確認できます。

再犯防止・更生保護

このテーマの関連発言をさらに見る 1件
参議院 法務委員会 第4号

地域社会における共生を重視し、地方公共団体や福祉関係機関との連携を強化して再犯防止を進める考えを述べました。

国会会議録で発言全文を見る

出入国・在留管理

このテーマの関連発言をさらに見る 1件
参議院 本会議 第13号

外国人受入れについて、総数を定めた方針は現時点で存在せず、中長期的な観点から省庁横断で調査・検討する考えを説明しました。

国会会議録で発言全文を見る

犯罪被害者支援

人権擁護・外国人との共生

このテーマの関連発言をさらに見る 1件
衆議院 法務委員会 第2号

外国人との共生社会について、個人の尊厳と人権を尊重し、差別や偏見のない社会を目指す考えを示しました。

国会会議録で発言全文を見る

※ 内容の要点は公式一次情報をもとに整理しています。正確な文脈・全文は各リンク先の公式資料から確認できます。

動画で見る厚生労働部会長時代の平口洋氏

自民党公式YouTubeには、厚生労働部会長を務めていた2020年、平口氏が新型コロナウイルスをめぐる厚生労働分野の課題を説明した動画が残っています。国会答弁とは異なる形で、政策テーマを説明する様子を確認できます。

平口洋氏の現在情報

2026年9月25日 時点
現在の公職 衆議院議員
現在の所属 自由民主党
選挙区・選出地域 広島2区
現在の期・任期 衆議院議員7期目
現在の主な役職
自由民主党広島県支部連合会会長

2026年9月17日の内閣改造に伴い法務大臣を退任しました。

政治人生の転機 平口洋の政治人生の転機
01
2001年~2003年
官僚を退き、国政選挙へ
2001年に国土交通省を辞職し、2003年の衆院選で広島2区から初めて立候補しました。
なぜ転機なのか 行政官としての職業人生から、選挙を通じて国政を目指す立場へ移ったため。
02
2005年9月
広島2区で衆議院議員初当選
2度目の衆院選で129,462票を得て初当選しました。
なぜ転機なのか 初めて国会議員として公職を得たため。
03
2009年~2012年
落選から国政復帰
2009年に議席を失った後、2012年の衆院選で広島2区から再び当選しました。
なぜ転機なのか 一度途切れた国会議員としての政治活動を再開したため。
04
2025年10月~2026年9月
法務大臣として初入閣
2025年10月に法務大臣として初入閣し、第2次高市内閣でも再任されました。2026年9月の内閣改造で退任しました。
なぜ転機なのか 政務官、副大臣、国会委員長などを経て初めて国務大臣を経験したため。
公式Xの最新投稿

本文内の関連投稿に加えて、本人の公式Xから最新の投稿を表示しています。

参考・出典 この記事で参照した主な資料
公式・一次情報
選挙・公的資料

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