斎藤アレックスの経歴・学歴と生い立ち|証券会社・松下政経塾から衆議院議員、総務副大臣へ

斎藤アレックス
ひと目でわかるプロフィール 斎藤アレックス
さいとう あれっくす
出身地
スペイン・マドリッド市
初当選
2021年(第49回衆議院議員総選挙)
最終学歴
同志社大学経済学部卒業
主な前職
会社員、国会議員秘書、金融関係
政界入り
国会議員秘書から、政治塾から、民間企業から
生年月日 1985年6月30日

斎藤アレックス氏は、証券会社でのM&A業務、松下政経塾、米国議会での研修、国会議員秘書などを経て国政へ進んだ政治家です。

スペインで生まれ、大阪で育った少年時代から、金融の現場を経験して政治を志し、滋賀を政治活動の拠点とするまでの歩みをたどります。

斎藤アレックス氏を理解する3つのポイント
  1. スペイン生まれ、大阪育ち。家庭の経済環境の変化を少年期に経験しました。
  2. 証券会社のM&A業務から松下政経塾、米国議会、国会議員秘書を経て政治の世界へ進みました。
  3. 2021年の初当選後は政党再編も経験し、日本維新の会で政策部門を担っています。

斎藤アレックスの生い立ち|スペインで生まれ、大阪で育った少年時代

1985年6月30日、スペインのマドリッド市で生まれました。父はスペイン人、母は日本人です。幼い頃に父親の仕事の関係で日本へ移り、大阪市の森ノ宮にある公団住宅で暮らし始めました。

本人の記憶に残っているのは、マドリッドの家の前で子ども用のスーツケースを引いたこと、夜の伊丹空港に着いたこと、そして新居から見えた大阪城や大阪ビジネスパークの明かりです。母とはスペインにいた頃から日本語で話していたため、日本で言葉に大きく困ることはなかったと振り返っています。

守口市立守口小学校、守口市立第一中学校へ進学しました。中学生頃になると父親は新しい仕事を得るためスペインへ戻り、その後は母親が一人で生活を支えました。

国家経済の状況がその国に住む人、家族の運命を大きく左右する

出典:斎藤アレックス公式サイト「プロフィール」(公開日記載なし)

子どもの頃はゲームや漫画、映画を好み、友人とはカラオケにもよく出かけていました。幼い頃の夢はパイロットでしたが、インターネット企業の経営者が注目される時代になると、起業家や経営者へ関心を持つようになりました。

斎藤アレックスの学歴|高校で芽生えた政治への関心と同志社大学で学んだ経済

学歴一覧斎藤アレックスの学校歴
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区分学校名学部・専攻現在の偏差値・難易度備考
小学校守口市立守口小学校――大阪府守口市
中学校守口市立第一中学校―――
高校東海大学付属大阪仰星高等学校―57〜63(2026年度版・現行コース)―
大学同志社大学経済学部60.0〜62.5(経済学部・2027年度参考)卒業

※偏差値・難易度は斎藤氏の在学当時ではなく現在の目安です。

東海大学付属仰星高等学校へ進むと、周囲から「アレックス」と呼ばれるようになります。サッカー部にも入部しましたが、本人は周囲との実力差を感じ、挫折を経験したと振り返っています。

この頃には、将来は政治家になり、日本の経済や財政を立て直したいという考えを漠然と持つようになっていました。

高校卒業後は同志社大学経済学部へ進学。金融工学系のゼミに所属し、金融や投資銀行の世界へ関心を深めました。

大学の夏季休暇にはスペインへ長期滞在する機会もありました。現地で生活するなかで、自分自身を日本人として意識する経験にもなったとしています。

斎藤アレックスの経歴|証券会社へ就職、M&Aの現場で見た日本企業

2008年に同志社大学を卒業すると、大和証券SMBCへ入社しました。第一志望だった投資銀行業界で働き始めましたが、入社から数か月後に世界的な金融危機となったリーマン・ショックが発生します。

その後、SMBC日興証券への移籍を含め、約5年間にわたりM&Aのアドバイザリー業務を担当しました。日本企業による海外企業の買収案件などにも携わり、海外出張も経験しています。

一方、リーマン・ショック後の厳しい企業環境のなかでは、事業再編やリストラを伴う案件に関わることもありました。企業の数字だけでなく、経済状況の変化が働く人の生活へ直接及ぶ現場を見ることになります。

政治が動かなければどうすることも出来ない問題です。

出典:斎藤アレックス公式サイト「日本の『緩慢な衰退』に立ち向かう」(2018年12月5日)

金融の仕事を続けるのではなく政治へ進むという選択が、ここから具体的になっていきました。

松下政経塾で4年間、米国議会にも飛び込む

2013年4月、松下政経塾の34期生として入塾しました。経済・財政政策やベンチャー企業振興を主な研究テーマとしながら、政治、歴史、文化など幅広い分野を学びました。

座学だけではなく、街の電器店、中国の工場、自衛隊などへ足を運ぶ現場研修も経験しています。政治家になるという目標を持ちながら、自分にその役割を果たせるのか悩んだ時期でもありました。

自分が本当に社会に貢献できる人物になり、志を成し遂げられるのか

出典:斎藤アレックス公式サイト「プロフィール」(公開日記載なし)

在塾中には笹川平和財団などによる米国議会フェローに選ばれ、ワシントンDCへ渡りました。受け入れ先は自分で探す仕組みで、面接を経て共和党のチャック・フレイシュマン下院議員事務所で働く機会を得ています。

滞在した2016年は、ドナルド・トランプ氏が大統領選を勝ち抜いていく時期と重なりました。米議会スタッフとの交流を含め、米国政治を内部から見る経験となりました。

前原誠司氏の秘書とベンチャー企業勤務を両立

2017年3月に松下政経塾を卒塾すると、同塾の先輩でもある前原誠司氏の議員事務所で勤務しました。

同時期には京都市のゲーム会社ポノスでも働き、経営企画やM&Aを担当しています。政治の現場だけに身を置くのではなく、民間企業の仕事も続けました。

2019年6月には国民民主党の衆議院滋賀1区総支部長に就任。大津市と高島市を中心に、国政を目指した活動へ入ります。

現在も滋賀を拠点に地域活動を続けており、本人Xでは大津・高島周辺の行事参加や駅頭活動などを発信しています。

2019年の参議院選挙では京都選挙区からの出馬が予定されていましたが、本人によれば党の要請を受けて直前に立候補を取りやめています。このため、実際の選挙への出馬歴には含まれません。

2021年、滋賀1区への初出馬から衆議院へ

初めて実際の国政選挙へ立候補したのは、2021年10月の第49回衆議院議員総選挙です。国民民主党公認で滋賀1区に立候補しました。

小選挙区では84,106票を獲得したものの2位となりましたが、比例代表近畿ブロックで復活当選し、衆議院議員へ初当選しました。

国会では財政・経済、社会保障、人への投資など、それまで研究や実務で向き合ってきた分野を政策課題として扱うようになります。

国民民主党を離れ「教育無償化を実現する会」へ

2023年11月30日、前原誠司氏らとともに国民民主党への離党届提出と、新党「教育無償化を実現する会」への参加を表明しました。

本人は、政権交代による改革政治を目指すという自らの考えと、当時の国民民主党執行部が取る政治路線との違いを理由として説明しています。国民民主党側は離党届を受理せず、同年12月13日に斎藤氏らを除籍処分としました。

人づくりこそ国づくり

出典:斎藤アレックス公式サイト「国民民主党からの離党と、新党『教育無償化を実現する会』への参画に関して」(2023年12月2日)

新党では教育・科学技術への投資と全世代型の教育無償化を前面に掲げました。

日本維新の会へ合流、滋賀1区で初の小選挙区当選

教育無償化を実現する会での活動を経て、2024年10月に日本維新の会へ合流しました。

同月の第50回衆院選では日本維新の会から滋賀1区へ立候補。74,126票を獲得し、初めて小選挙区で当選しました。

2025年8月には日本維新の会の政務調査会長に就任。党の政策立案や国会対応を取りまとめる立場に入りました。

2026年2月の第51回衆院選では滋賀1区で2位となったものの、比例代表近畿ブロックで復活当選し、3期目の議席を得ました。

人生年表 斎藤アレックスさんの歩み
1985年6月30日
スペイン・マドリッド市で生まれる
大阪市・守口市で育つ
1998年3月
守口市立守口小学校を卒業
2001年3月
守口市立第一中学校を卒業
2004年3月
東海大学付属仰星高等学校を卒業
2008年3月
同志社大学経済学部を卒業
2008年4月
大和証券SMBC株式会社に入社
M&Aアドバイザリー業務に従事
2012年
SMBC日興証券株式会社に入社
M&A業務を継続
2013年4月
松下政経塾に第34期生として入塾
経済・財政政策やベンチャー振興を研究
2015年
米国議会フェローに選出
ワシントンDCで研修
2016年
フレイシュマン米下院議員事務所で勤務
2017年3月
松下政経塾を卒塾
2017年
前原誠司衆議院議員事務所で勤務
ポノス株式会社でも経営企画やM&Aを担当
2019年6月
国民民主党の衆議院滋賀1区総支部長に就任
2021年10月31日
第49回衆議院議員総選挙で初当選
滋賀1区で惜敗し比例近畿で復活当選
2023年11月30日
国民民主党への離党届提出と新党参加を表明
教育無償化を実現する会に参画
2024年10月
日本維新の会に合流
2024年10月27日
第50回衆議院議員総選挙で再選
滋賀1区で小選挙区当選
2025年8月
日本維新の会政務調査会長に就任
2025年9月
日本維新の会滋賀県総支部代表に就任
2026年2月8日
第51回衆議院議員総選挙で3選
滋賀1区で惜敗し比例近畿で復活当選

斎藤アレックス氏が掲げる政策・政治姿勢

斎藤氏の政策には、金融業界や松下政経塾で研究してきた経済・財政分野に加え、教育、社会保障、外交・安全保障、政治改革などが並びます。

教育・科学研究と子育てへの投資

教育では、所得制限を設けない全世代型の教育無償化を掲げています。教育現場と科学研究への投資拡大に加え、出産費用など子育てに伴う自己負担の軽減も政策に挙げています。

賃上げと中小企業の生産性向上

経済政策では実質的な給与水準の引き上げを掲げ、非正規雇用を含めた待遇改善、リスキリングやリカレント教育の充実、転職・起業をしやすくする制度を主張しています。

M&Aの実務経験を持つこともあり、中小企業の企業再編やデジタル投資による生産性向上も具体的な政策項目に置いています。

社会保障と世代間の負担

社会保障では、年齢だけではなく所得に応じて負担する仕組みへの改革、最低保障年金、医療保険制度の持続可能性確保などを掲げています。

現役世代や中小企業の社会保険料負担を抑える一方、将来世代へ負担を先送りしない財源確保も政策上の課題としています。

政治資金の透明化と選挙制度改革

政治改革では、政治資金の透明化、議員定数や議員待遇の見直し、民意をより反映できる選挙制度への改革を掲げています。

政治を変える。

出典:斎藤アレックス公式サイト「政策」(公開日記載なし)

現実路線を掲げる外交・安全保障

外交・安全保障では日米同盟を基軸としながら、日本自身の防衛力強化と外交努力を組み合わせる立場です。サイバー、エネルギー、食料を含む総合的な安全保障も政策に挙げています。

地方分権と災害への備え

地方政策では東京一極集中の是正と地方分権を掲げています。防災・防疫では、国と自治体の役割分担や司令塔機能を整理し、大規模災害や次の感染症危機へ備える体制整備を主張しています。

選挙歴 斎藤アレックスの選挙歴
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年月日選挙選挙区・地域所属結果得票・順位
第49回衆議院議員総選挙
定数:1 比例復活:あり
滋賀1区では大岡敏孝氏に次ぐ2位。比例代表近畿ブロックで復活当選し、衆議院議員へ初当選。
滋賀県 第1区/比例代表近畿ブロック 国民民主党 当選 (比例復活) 84,106票 2位
第50回衆議院議員総選挙
定数:1 比例復活:なし
滋賀1区で初めて小選挙区当選。
滋賀県 第1区 日本維新の会 当選 74,126票 1位
第51回衆議院議員総選挙
定数:1 比例復活:あり
滋賀1区では小選挙区当選を逃したが、比例代表近畿ブロックで復活当選し3選。
滋賀県 第1区/比例代表近畿ブロック 日本維新の会 当選 (比例復活) 47,217票 2位

斎藤アレックス氏の国会発言をテーマ別に見る

一次情報を深掘り

記事本文で扱ったテーマを、本人の国会発言まで深掘りできます。まずは代表的な発言を表示し、関連発言があるテーマだけ追加で確認できます。

税制と国家財政

金融政策と物価安定目標

金融規制とイノベーション

※ 内容の要点は公式一次情報をもとに整理しています。正確な文脈・全文は各リンク先の公式資料から確認できます。

本人が生い立ちを語るインタビュー動画

幼少期や家族、政治を志すまでの歩みについては、本人が長時間のインタビューでも振り返っています。文章とは違い、本人の話し方や表情を含めて人物像を見ることができます。

斎藤アレックス氏の現在情報

2026年9月29日 時点
現在の公職 衆議院議員・総務副大臣
現在の所属 日本維新の会
選挙区・選出地域 比例代表近畿ブロック
現在の期・任期 衆議院議員3期目
現在の主な役職
総務副大臣 日本維新の会 維新政治塾長 日本維新の会滋賀県総支部代表

2026年9月18日、第2次高市改造内閣で総務副大臣に就任。日本維新の会では維新政治塾長を務め、滋賀県総支部代表としても活動している。

政治人生の転機 斎藤アレックスの政治人生の転機
01
2013年4月
金融業界から松下政経塾へ
証券会社で約5年間M&A業務に携わった後、松下政経塾34期生として入塾。
なぜ転機なのか 金融の実務から政治を目指す進路へ本格的に移ったため。
02
2021年10月
衆院選で初当選
滋賀1区では2位だったが、比例近畿ブロックで復活当選。
なぜ転機なのか 長年の政治活動を経て初めて国会議員となったため。
03
2023年11月~12月
国民民主党から新党へ
国民民主党への離党届提出と「教育無償化を実現する会」への参加を表明。国民民主党は離党届を受理せず、12月13日に除籍処分とした。
なぜ転機なのか 初当選時から所属していた政党を離れ、政治活動の所属基盤が変わったため。
04
2024年10月
日本維新の会へ合流し滋賀1区で当選
日本維新の会への合流後、第50回衆院選で滋賀1区の小選挙区議席を獲得。
なぜ転機なのか 所属政党が変わるとともに、初めて滋賀1区で直接議席を得たため。
公式Xの最新投稿

本文内の関連投稿に加えて、本人の公式Xから最新の投稿を表示しています。

参考・出典 この記事で参照した主な資料
公式・一次情報
選挙・公的資料

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