松田学氏は、行政の実務と政策研究の両方を長く歩んできた政治家です。官庁の内部で制度を扱った経験に加え、国会を離れていた時期にも、財政金融や情報技術、危機管理などの政策提言を続けてきました。
転勤の多い子ども時代から大蔵省・財務省での官僚生活、初めての選挙と衆議院、政策研究を経た新党づくりまで、松田氏が政治へ関わってきた道のりをたどります。
- 転勤の多い家庭で各地に暮らし、東京大学では経済学とチェロに取り組みました。
- 大蔵省・財務省で金融・税制・国際経済などを担当した後、政治の側から制度を変える道へ進みました。
- 国会を離れた時期も政策研究を続け、参政党の創設・代表経験を経て再び議席を得ています。
松田学の生い立ち|転勤の多い子ども時代、千葉高校から東京大学へ
松田学氏は1957年11月11日、京都市で生まれました。親の仕事に伴って北海道旭川市、東京都杉並区、横浜市港北区、千葉県市川市などへ移りながら育っています。
小学校は杉並区立第二小学校から横浜市立日吉台小学校へ。中学校も横浜市立日吉台中学校から市川市立第一中学校へ移り、その後、千葉県立千葉高等学校に進みました。
大学は東京大学経済学部です。経済学科で財政学者の貝塚啓明教授のゼミに所属する一方、東京大学音楽部管弦楽団ではチェロ奏者として活動しました。チェロとクラシック音楽は卒業後も続けています。
松田学の学歴|税関、内閣、大学へと広がった仕事
1999年以降は成田税関支署長、内閣官房内閣審議官、横浜税関総務部長、財務省関税局の関税企画官・監視課長・管理課長、国土交通省北海道局予算課長などを歴任しました。
この時期には税関行政だけでなく、予算編成、地域再生、個人情報保護法制、産業空洞化への対応などにも携わっています。横浜税関で勤務した時期の人との縁については、後年の本人Xでも振り返っています。
2006年には東京医科歯科大学教養部教授へ出向し、副理事、学長特別補佐も担当しました。経済学、歴史学、社会システム設計論を教え、医療システムをめぐる議論にも関わっています。
2008年には独立行政法人郵便貯金・簡易生命保険管理機構の理事、2009年には預金保険機構金融再生部長へ出向しました。財務省在職中から言論NPO理事、上武大学大学院客員教授、財務総合政策研究所客員研究員など、官庁外での議論にも参加しています。
2010年、財務省を退官して初めての選挙へ
長い官僚生活の中で、松田氏は一つの役所や制度の枠内だけでは国全体の仕組みを組み替えられないと考えるようになりました。本人は、政治を志した理由について、役所の枠を超えた「戦後システム」の再設計には政治の主導が必要だったと説明しています。
「このままでは『失われた日本』になる。」
出典:松田学公式サイト「松田学の思い」(公開日記載なし)
2010年に財務省を退官し、石原慎太郎氏らが結成した「たちあがれ日本」から第22回参議院議員通常選挙の神奈川県選挙区へ立候補しました。これが初めての選挙でしたが、議席には届きませんでした。
落選後も政策活動を止めず、講演やシンクタンクでの提言を続けました。テレビ神奈川では2011年から2014年まで「松田まなぶのカナガワ未来レポート」を継続し、経済、財政、社会保障などを取り上げています。
2012年に衆議院初当選、次世代の党へ
再び国政選挙へ挑んだのは2012年12月の第46回衆議院議員総選挙でした。日本維新の会の比例南関東ブロック候補として、2012年の衆院選で初当選します。
衆議院では内閣委員会理事のほか、財務金融委員会、国土交通委員会などで活動しました。日本維新の会では国会議員団副幹事長、神奈川県総支部代表などを務めています。
2014年、日本維新の会の分党を経て次世代の党の結党に参加しました。党では政調会長代理、税制調査会長、神奈川県連会長などを担当します。
同年12月の第47回衆議院議員総選挙では神奈川7区から立候補しましたが落選。比例南関東ブロックとの重複立候補でも議席を得られず、衆議院での最初の在職は1期で終わりました。
| 区分 | 学校名 | 学部・専攻 | 現在の偏差値・難易度 | 備考 |
|---|---|---|---|---|
| 小学校 | 杉並区立第二小学校/横浜市立日吉台小学校 | ― | ― | 転校 |
| 中学校 | 横浜市立日吉台中学校/市川市立第一中学校 | ― | ― | 転校 |
| 高校 | 千葉県立千葉高等学校 | ― | 73(2026年度版) | ― |
| 大学 | 東京大学 | 経済学部 | 67.5(文科二類・2027年度参考) | 経済学科・貝塚啓明ゼミ |
※偏差値・難易度は松田氏の在学当時ではなく現在の目安です。千葉高校は2026年度版、東京大学経済学部は科類制のため文科二類を参考値として掲載しています。
松田学の経歴|大蔵省で始まった官僚生活―ボン留学から金融危機対応まで
大学を卒業した1981年に大蔵省へ入省し、大臣官房から官僚生活を始めました。1983年から1985年には西ドイツのボン大学社会経済学研究所へ留学し、理論経済学を研究しています。
帰国後は大蔵省本省や内閣官房で、対外経済摩擦やマクロ経済政策を担当しました。1987年からは兵庫県の洲本税務署長を務め、その後は理財局、国際金融局、経済企画庁などへ勤務先を移します。
1988年から1995年にかけては、消費税導入に関する実務、財政投融資、国際金融、証券取引等監視委員会の設立、地方財政などを課長補佐として担当しました。ひとつの政策分野に固定されず、財政・金融制度の複数の領域を経験しています。
1995年から大阪国税局査察部長。1997年には大蔵省大臣官房企画官となり、金融行政の機構改革、平成不況下のマクロ経済政策、金融危機への対応策や国際的な政策協調に携わりました。
国会を離れて深めたサイバーセキュリティと政策研究
議席を失った後は、政策を研究し発信する活動へ比重を移しました。2015年には東京大学大学院客員教授となり、サイバーセキュリティを研究しています。
その後、デジタルアイデンティティ推進コンソーシアムを創設し、情報技術の普及や政策提言にも関与しました。松田政策研究所では、財政金融、通貨、外交・安全保障、医療、危機管理、防災などを横断して議論を続けています。
官僚時代からの財政金融と、サイバーセキュリティやブロックチェーンなどの新しい技術分野を組み合わせることが、国会を離れた時期の政策活動の一つになりました。
| 年月日 | 選挙 | 選挙区・地域 | 所属 | 結果 | 得票・順位 |
|---|---|---|---|---|---|
| 2010年 7月11日 | 第22回参議院議員通常選挙 初出馬。参院選出馬のため財務省を退官 | 神奈川県 選挙区 | たちあがれ日本 | 落選 | 93,437票 8位 |
| 2012年 12月16日 | 第46回衆議院議員総選挙 初当選。日本維新の会は南関東ブロックで5議席を獲得 | 比例代表 ・南関東ブロック | 日本維新の会 | 当選 | 個人得票なし(日本維新の会1,443,270票) 比例名簿2位 |
| 2014年 12月14日 | 第47回衆議院議員総選挙 南関東比例にも重複立候補。衆議院議員1期で議席を失う | 神奈川 7区 | 次世代の党 | 落選 | 10,073票 5位 |
| 2022年 7月10日 | 第26回参議院議員通常選挙 参政党は比例代表で1議席を獲得し、神谷宗幣氏が当選 | 比例代表 (全国) | 参政党 | 落選 | 73,672.871票 参政党名簿登載者中3位 |
| 2024年 10月27日 | 第50回衆議院議員総選挙 参政党は東京ブロックで議席を獲得できず落選 | 比例代表 ・東京ブロック | 参政党 | 落選 | 個人得票なし(参政党237,271票) 比例名簿1位 |
| 2025年 7月20日 | 第27回参議院議員通常選挙 2014年の衆院選落選以来、11年ぶりに国政復帰。参政党は比例代表で7議席を獲得 | 比例代表 (全国) | 参政党 | 当選 | 88,419.210票 参政党名簿登載者中4位 |
松田学氏の国会発言をテーマ別に見る
記事本文で扱ったテーマを、本人の国会発言まで深掘りできます。まずは代表的な発言を表示し、関連発言があるテーマだけ追加で確認できます。
医療提供体制と社会保険料負担
「医療システムを住民に健康という価値を提供、保証する社会システムとして捉える」
医療法改正案の質疑で、社会保険料負担の軽減と地域住民を起点とした医療提供体制の在り方を結び付けて論じた。
税収と社会保障の見える化
「受益と負担の見える化というのが民主主義の基本」
税負担と社会保障などの歳出との関係を国民に分かりやすく示す必要があるとして、会計上の区分や説明方法について政府の見解を求めた。
予算編成と財政運営
「新しい財政政策に向けて議論を加速したい」
暫定予算と当初予算の成立時期を取り上げ、政府の財政運営方針と今後の政策転換の考え方を質問した。
※ 内容の要点は公式一次情報をもとに整理しています。正確な文脈・全文は各リンク先の公式資料から確認できます。
参政党の創設から党代表へ
2020年、松田氏は神谷宗幣氏らと新しい政党づくりに携わります。2020年4月11日の参政党設立から政策形成に関わり、国会の外で続けてきた活動が新党の組織づくりへ移っていきました。
2021年には、松田氏を中心とした政策立案チームが「新しい国づくり10の柱」を編纂しました。約5カ月にわたって党員の意見を集め、最終案をブロックチェーンによる党内投票で承認する方式が採られています。
同年12月には吉野敏明氏、赤尾由美氏とともに共同代表へ。2022年の参院選では松田氏自身も全国比例へ立候補しました。参政党は神谷氏の当選で初めて国会の議席を得ましたが、松田氏は落選します。
選挙後の2022年7月には党代表へ就任しました。ところが翌2023年8月30日、党内運営をめぐる混乱の中で代表を辞任。参政党は、党をうまくまとめられなかった責任を取る形での辞任だったと説明しています。
「現在は参政党創設メンバーとして同じように活動している。」
出典:参政党「【記者会見報告】11月22日定例記者会見」(2023年11月22日)
代表を離れた後も、松田氏は党の組織や政治参加のあり方について発信を続けました。2024年には、一般の党員が参加する政治の仕組みを「ファンダム」になぞらえた考えをXでも紹介しています。
2024年の衆院選を経て、2025年に参議院へ
2024年10月の第50回衆議院議員総選挙では、参政党の比例東京ブロック名簿1位で立候補しました。参政党は東京ブロックで議席を獲得できず、松田氏の国政復帰もこの選挙では実現しませんでした。
翌2025年は参議院の全国比例へ活動の軸を移しました。年初の街頭演説では、前年の衆院選を経て次の参院選に臨む考えを発信しています。
7月20日の第27回参議院議員通常選挙では全国比例から出馬し、2025年7月の参院選で当選。2014年末に衆議院の議席を失って以来の国政復帰となりました。
「今回11年ぶりに国政に復帰することができました。」
出典:参政党「参政党 定例記者会見報告 7月22日(火)」(2025年7月30日)
松田学氏の政策・政治姿勢
財政・税制―財政法と国のバランスシート
財務省出身の松田氏が国会復帰後に継続して扱っている分野の一つが財政です。2025年12月の参議院財政金融委員会では、財政法第4条の見直しや、国の資産と負債の関係を重視した財政規律について政府の見解を尋ねました。
2026年3月24日には、消費税と社会保障4経費の関係を明確にするための会計上の仕組み、危機管理投資・成長投資を多年度で別枠管理する方式、防衛費と財政法第4条の関係を質問しています。
同月26日にはインボイス制度が小規模事業者へ与える影響を取り上げ、4月2日には政府が掲げる積極財政の定義や、インフレを背景とした税収増の還元について質疑しました。
金融・証券分野で官僚時代から築いてきた人とのつながりについても発信しています。
デジタル通貨・ブロックチェーン
情報技術の分野では、サイバーセキュリティだけでなくデジタルアイデンティティやブロックチェーンの社会実装を扱ってきました。自身の経済構想では「松田プラン」と呼ぶ通貨・金融の仕組みを提案しています。
2024年の発信では、国内で形成された資産を内需型成長へつなげる考えと、ブロックチェーンを使った「協働型コモンズ」を結び付けて説明しました。
危機管理・防災
危機管理では、省庁ごとに分かれた対応を束ねる体制を問題としてきました。松田政策研究所での提言として、政府に「総合危機管理庁」のような仕組みを設ける構想を示しています。
「危機管理はこれから、日本の政治に問われる最優先の課題になると思います。」
出典:松田学公式サイト「松田学ごあいさつと将来のビジョン」(公開日記載なし)
医療・社会保障と超高齢社会
医療分野では、東京医科歯科大学への出向を契機に医療関係者とのネットワークを広げ、医療システム改革の議論や提言に参加しました。医療だけを単独で扱うのではなく、社会保障や地域づくりまで含めた制度設計をテーマにしています。
国会を離れていた時期には、地域再生や健康都市構想なども含め、「活力ある超高齢社会の運営モデル」を構築するための議論を続けました。
外交・安全保障
外交・安全保障では、抑止力と外交を組み合わせて武力紛争を防ぐ考えを示しています。参政党代表だった2023年8月15日の終戦の日の談話では、安全保障環境の変化を踏まえた平和の維持について述べました。
「人類の理想である恒久的な平和は美辞麗句を並べるだけでは実現しません。」
出典:参政党「【代表談話】終戦の日を迎えて」(2023年8月15日)
同談話では、日本が戦争に巻き込まれないための抑止力を整える一方、外交力によって平和を維持する方針を示しました。
AI時代に問う政治と社会のあり方
技術政策では、AIや情報技術を導入する制度だけでなく、その技術をどのような社会観のもとで使うのかという議論も続けています。2026年の年初には、AI時代に政治が哲学を持つ必要性について発信しました。
動画で見る松田学氏の発信
松田政策研究所チャンネルでは、国会での質問だけでは分かりにくい本人の話し方や、政策をどのような背景から組み立てているのかを動画で確認できます。
松田学氏の現在情報
参議院財政金融委員会で財政法、危機管理・成長投資、消費税と社会保障などを扱うほか、北朝鮮による拉致問題等に関する特別委員会、政治倫理審査会にも所属している。
- 生年月日、出生地、学歴、官僚・大学等の経歴、衆議院議員歴、参政党代表歴、2025年参院選当選、現在の委員会・役職を確認
- 幼少期に暮らした地域、小中高校、東京大学時代、ボン留学、大蔵省・財務省の詳細な職歴、衆議院議員時代、国会外での政策活動を確認
- 政界入り時の問題意識、政治観、財政・社会システムに関する政策理念を確認
- 政界入りの理由、サイバーセキュリティ研究、危機管理構想、デジタルアイデンティティ・ブロックチェーン等の活動を確認
- 松田学氏を中心とする政策立案チーム、党員意見の反映、ブロックチェーンを使った党内承認を確認
- 2020年4月11日の参政党設立、2021年12月の共同代表就任を確認
- 2023年8月30日の代表辞任、神谷宗幣氏の代表就任、党側が説明した代表交代の経緯を確認
- 2025年参院選後の本人発言、参政党創設への関与、過去の政党歴、11年ぶりの国政復帰を確認
- 2026年の党役員人事、代表代理・両院議員総会長就任を確認
- 2025年参院選全国比例での得票数、参政党候補者間の順位、当選を確認
この記事の更新履歴
- 2026年10月2日 主要3セクションを「生い立ち→学歴→経歴」の順へ並べ替え、本文内容はそのまま維持
- 2026年10月2日 経歴の続きと重複政策H2をH3へ整理し、高橋光男・岸本周平記事と同じ見出し階層へ統一
- 2026年10月2日 本文内の手動管理ショートコードと監査用の汎用H3を撤去し、WordPress側の自動表示と内容に即した見出し構造へ整理
- 2026年10月2日 主要見出しを「生い立ち・学歴・経歴」の3本柱へ整理し、既存本文を維持したまま検索意図を明確化
- 2026年10月2日 本文の重要な年月・当選・就任・退任などを赤文字で強調し、重要箇所の視認性を改善
- 2026年9月28日 本人の公式一次情報をテーマ別に確認できる一次情報深掘りセクションを追加・更新。
- 2026年9月7日 記事を新規作成。現況情報を確認



















