宮本岳志の経歴・学歴と生い立ち|岸和田での青年時代から参院・衆院議員、森友問題追及まで

宮本岳志
ひと目でわかるプロフィール 宮本岳志
みやもと たけし
出身地
和歌山県和歌山市
初当選
1998年(第18回参議院議員通常選挙)
最終学歴
和歌山大学教育学部に学ぶ
主な前職
政党職員
政界入り
政党職員から
生年月日 1959年12月25日

宮本岳志氏は、日本共産党の参議院議員を1期、衆議院議員を5期務めた政治家です。和歌山市に生まれ、幼いころから大阪府岸和田市で暮らし、青年運動を経て国政へ進みました。

国会では教育、高学費、地方自治、消費者問題などを扱い、2017年には森友学園への国有地売却問題を国会で早い段階から取り上げました。2019年には衆議院議員を辞職して大阪12区補欠選挙へ出馬し、2021年に国政へ復帰。2024年衆院選後は前衆議院議員として活動を続けています。

宮本岳志氏を理解する3つのポイント
  1. 和歌山市に生まれ岸和田市で育ち、中学・高校時代の体験から平和運動や青年運動に関わりました。
  2. 1998年に参議院議員へ初当選し、2009年からは衆議院へ活動の場を移し、教育や高学費、行政監視などを長く扱いました。
  3. 2019年には比例代表の衆議院議員を辞職して大阪12区補選へ挑戦。2021年に国政へ復帰し、2024年衆院選後も政治活動を続けています。

宮本岳志の生い立ち|和歌山市に生まれ、岸和田で育った少年時代

宮本岳志氏は1959年12月25日、和歌山県和歌山市に生まれました。本人の政治活動の基盤となった地域は大阪府岸和田市で、幼いころから岸和田で暮らしています。

岸和田との結びつきを象徴するのが、地元のだんじり祭りです。国会議員になった後も祭りへの思いを語り、かつては町会の若頭として準備にも関わりました。

「子どもたちと引くだんじりは、ふるさとの強いきずなです。」

出典:しんぶん赤旗「挑む/参院選 大阪選挙区」(2003年12月26日)

政治への関心につながる体験も10代のころにありました。中学生のとき、父親に連れられて原水爆禁止世界大会へ参加し、広島の被爆の実態を知ったと紹介されています。

高校時代には障害者の共同作業所でボランティア活動に参加しました。そこで障害のある人たちと接するなかで民青同盟に加わり、その後、日本共産党に入党しています。平和問題と、生活上の困難を抱える人たちとの接点が、青年期の政治活動の入口になりました。

宮本岳志の学歴|岸和田高校から和歌山大学へ、青年運動の道に進む

高校は大阪府立岸和田高等学校を卒業。その後、和歌山大学に入学しました。党のプロフィールでは「和歌山大学に学ぶ」と記されており、大学卒業とはしていません。

大学時代以降は青年運動へ深く関わり、民青同盟大阪府委員長などを務めました。のちには日本共産党大阪府副委員長など党組織の役職も経験しています。

国会議員になる以前から、政治活動を職業的に担ってきた経歴を持つ政治家です。1995年には第17回参議院議員通常選挙の比例代表候補となり、初めて国政選挙に挑戦しました。

人生年表 宮本岳志さんの歩み
1959年12月25日
和歌山県和歌山市で生まれる
幼少期から大阪府岸和田市で暮らす
1970年代
中学生のとき原水爆禁止世界大会に参加
広島の被爆の実態に触れる
高校時代
障害者共同作業所のボランティアに参加
民青同盟に加わる
1978年頃
大阪府立岸和田高等学校を卒業
和歌山大学へ進学
大学時代以降
青年運動に携わる
民青同盟大阪府委員長などを歴任
1995年
第17回参議院議員通常選挙に比例代表候補として立候補
初の国政選挙
1998年7月
参議院大阪府選挙区で初当選
参議院議員を1期務める
2004年7月
参議院大阪府選挙区で落選
6年間の参院議員任期を終える
2007年7月
参議院大阪府選挙区へ再挑戦
落選
2009年8月
衆議院比例近畿ブロックで初当選
衆議院へ転じる
2010年1月
日本共産党中央委員に選出
2012年12月
衆議院比例近畿ブロックで再選
2014年12月
衆議院比例近畿ブロックで当選
2017年2月
国会で森友学園への国有地売却問題を取り上げる
2017年10月
衆議院比例近畿ブロックで当選
2019年4月
衆議院議員を辞職し大阪12区補欠選挙へ無所属で立候補
市民と野党の共同候補として挑戦
2021年10月
大阪5区と比例近畿ブロックの重複立候補で衆院当選
国政へ復帰
2024年10月
衆議院大阪5区に立候補
24,480票で落選
2025年以降
前衆議院議員として政治活動を継続
教育、憲法、大阪の地域課題などに取り組む

宮本岳志の経歴|1998年、参議院大阪選挙区で初当選

最初の国政議席を得たのは1998年7月です。第18回参議院議員通常選挙の大阪府選挙区に日本共産党から立候補し、725,385票を得て初当選しました。

38歳で参議院議員となり、それまでの青年運動・党活動から国会へ活動の場を移しました。

参議院では総務をはじめ、運輸、IT、郵政、地方自治などを担当しました。行政組織と民間企業の関係、貸金業、放送、障害者の情報アクセスなど、生活に近い制度問題を取り上げています。

聴覚障害者から寄せられた「ニュースに字幕をつけてほしい」という要望を国会で繰り返し取り上げたほか、鉄道のバリアフリーをめぐっては大阪の私鉄駅を調査して提言につなげたと、2003年の人物紹介で報じられています。

貸金業をめぐっては、警察幹部と大手消費者金融会社との関係を国会で追及しました。参議院議員時代の国会質問には、資料を集めて個別の事実関係を政府へ問いただすスタイルがすでに表れています。

「私がこの委員会に証拠を示して明らかにした事実は三つあります。」

出典:国会会議録検索システム 第156回国会 参議院個人情報の保護に関する特別委員会(2003年5月21日)

参院議席を失い、2007年にも再挑戦

6年間の任期を終えた2004年の参院選では、大阪府選挙区から再選を目指しました。442,755票を得ましたが、定数3のなかで5位となり落選します。

3年後の2007年にも同じ大阪府選挙区へ立候補。得票は585,620票まで伸ばしましたが、当選した3位候補には届かず4位でした。

国会議員ではない期間も大阪で政治活動を続け、2009年の衆議院選挙では舞台を参議院から衆議院へ移します。

009年に衆議院へ、教育と高学費問題を長く追う

2009年8月の第45回衆議院議員総選挙で、日本共産党の比例近畿ブロック候補として当選。衆議院議員として国政へ復帰しました。

その後は2012年、2014年、2017年の衆院選でも比例近畿ブロックから連続して議席を得ました。2010年1月には日本共産党中央委員に選出されています。

衆議院で継続して扱った分野の一つが教育です。授業料を払えず大学を辞めざるを得ない学生の問題、給付型奨学金、高等教育の学費負担、夜間中学、大学や研究機関の自主性などを取り上げました。

2010年3月には「経済的理由で授業料を滞納している学生への支援に関する質問主意書」を提出し、経済的事情による除籍や退学について政府の対応を求めています。

高等教育の負担軽減は、衆院議員時代を通じて繰り返し扱ったテーマでした。2012年には国際人権規約の中等・高等教育の無償化に関する条項について、日本政府が長く続けていた留保を撤回しています。宮本氏と日本共産党は、その国会質問を自らの取り組みの一つとして位置づけています。

研究費や国立大学運営費交付金についても、大学側との懇談や国会審議を重ねました。2022年には、国際卓越研究大学制度などをめぐって大学の自主・自律と研究環境について発言しています。

選挙歴 宮本岳志の選挙歴
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年月日選挙選挙区・地域所属結果得票・順位
第17回参議院議員通常選挙
定数:50 比例復活:該当なし
宮本氏の初の国政選挙。日本共産党比例代表候補として立候補。
比例代表 日本共産党 落選 個人得票なし(当時は拘束名簿式) 名簿登載
第18回参議院議員通常選挙
定数:3 比例復活:該当なし
初当選。
大阪府 選挙区 日本共産党 当選 725,385 当選圏
第20回参議院議員通常選挙
定数:3 比例復活:該当なし
参議院議員1期の任期満了に伴う選挙。
大阪府 選挙区 日本共産党 落選 442,755 5位
第21回参議院議員通常選挙
定数:3 比例復活:該当なし
参院への再挑戦。
大阪府 選挙区 日本共産党 落選 585,620 4位
第45回衆議院議員総選挙
定数:29 比例復活:該当なし
参議院から衆議院へ転じ、衆院初当選。名簿では穀田恵二、吉井英勝両氏に続く比例単独3位。
比例近畿ブロック 日本共産党 当選 政党得票による比例代表 名簿3位
第46回衆議院議員総選挙
定数:29 比例復活:該当なし
比例単独候補として再選。
比例近畿ブロック 日本共産党 当選 政党得票732,976 名簿2位
第47回衆議院議員総選挙
定数:29 比例復活:該当なし
比例単独候補。
比例近畿ブロック 日本共産党 当選 政党得票1,084,154 名簿2位
第48回衆議院議員総選挙
定数:28 比例復活:該当なし
比例単独候補として当選。
比例近畿ブロック 日本共産党 当選 政党得票786,158 名簿2位
衆議院大阪府第12区選出議員補欠選挙
定数:1 比例復活:なし
現職衆議院議員を辞職し、市民と野党の共同候補として無所属で出馬。共産党、自由党、社民党大阪府連などの支援を受けた。
大阪 12区 無所属 落選 14,027 4位
第49回衆議院議員総選挙
定数:小選挙区1 比例復活:あり
大阪5区では国重徹氏に敗れたが、比例近畿ブロックで当選し国政へ復帰。
大阪5区・比例近畿ブロック 日本共産党 比例代表で当選 48,248 大阪5区2位
第50回衆議院議員総選挙
定数:1 比例復活:なし
比例重複なし。2026年9月時点で宮本氏本人の直近の実出馬。
大阪 5区 日本共産党 落選 24,480 4位

夜間中学、スポーツ、文化まで広がった文教分野

教育政策の対象は大学だけではありません。夜間中学についても長く国会で扱ってきました。

2022年の文部科学委員会では、かつて自身が訪ねた岸和田市立岸城中学校の夜間学級に触れながら、夜間中学校での給食の実施状況を質問しています。

また、超党派のスポーツ議員連盟に参加し、スポーツ基本法の制定過程にも関与。文化・芸術への公的支援や著作権問題も扱いました。

「国会としての役割を果たさなきゃならぬと思うんですね。」

出典:国会会議録検索システム 第208回国会 衆議院総務委員会(2022年4月28日)

森友学園への国有地売却を国会で追及

宮本氏の国会活動で広く知られるようになったテーマの一つが、学校法人森友学園への国有地売却問題です。

2017年2月、衆議院財務金融委員会で国有地が評価額から大幅に値引きされて売却されていた問題を取り上げました。その後、国有地売却の経緯や財務省の決裁文書改ざん、関連文書の開示などを継続して質問しています。

2022年2月の衆議院本会議では、森友問題を最初に取り上げた時期を振り返りながら、財務省の公文書改ざんと情報公開について改めて政府をただしました。

「私は、五年前、森友事件を国会で一番最初に取り上げました。」

出典:国会会議録検索システム 第208回国会 衆議院本会議(2022年2月8日)

森友問題以外にも、統一協会の名称変更をめぐる文化庁の行政過程、公文書管理、マイナンバー制度、地方自治法など、行政を監視する立場からの質問を重ねました。

019年、衆議院議員を辞職して大阪12区補選へ

政治経歴のなかでも大きな転換となったのが2019年です。当時、比例近畿ブロック選出の現職衆議院議員だった宮本氏は、4月の大阪12区補欠選挙へ立候補するため議員を辞職しました。

比例で得ていた議席を自ら手放し、無所属の「市民と野党の共同候補」として小選挙区へ挑戦しました。

日本共産党中央委員会によれば、宮本氏自身から「衆院議員の職を辞して12区から挑戦したい」と申し出たことを受け、党が候補擁立を決めています。

選挙戦では共産党だけでなく、他の野党や市民の支援を受けました。結果は14,027票で4位。日本維新の会の藤田文武氏が当選し、宮本氏は国会を離れることになります。

「自らが退路を絶ち、野党の共同の候補者として立候補する必要があると考えました。」

出典:宮本たけし公式X(2019年4月1日・本文内に実投稿を埋め込み)

議席を離れた後も野党共闘や大阪での政治活動を続け、次の総選挙に向けて大阪5区を活動の中心とするようになります。

2021年、大阪5区から国政へ戻る

2021年10月の第49回衆議院議員総選挙では大阪5区から立候補しました。小選挙区では48,248票を得て2位。公明党の国重徹氏には届きませんでしたが、比例近畿ブロックとの重複立候補だったため比例で当選しました。

2019年に議員を辞職してから約2年半を経て、再び国会へ戻りました。

復帰後は文部科学委員会や総務委員会などで質問を続けました。高学費、夜間中学、旧統一協会、マイナンバー、地方自治など、それ以前から関わってきたテーマが多くを占めています。

地方自治と憲法をめぐる国会質問

2024年の通常国会では地方自治法改正案を継続的に取り上げました。政府が一定の場合に自治体へ必要な指示を出せる制度について、日本共産党は地方自治を弱めるものだとして反対しました。

5月23日の総務委員会では、港湾や空港の利用と自治体・地方議会の意思との関係を質問し、地方自治の本旨について政府側と議論しています。

「これぞまさに住民自治と団体自治、つまり地方自治の本旨の内実なんです。」

出典:国会会議録検索システム 第213回国会 衆議院総務委員会(2024年5月23日)

5月30日の本会議では、同法改正案に対する日本共産党の反対討論に立ちました。宮本氏は、戦後の地方自治制度の成り立ちを踏まえて政府の指示権拡大に反対する立場を示しています。

政治人生の転機 宮本岳志の政治人生の転機
01
1998年7月
参議院大阪選挙区で初当選
1995年の参院比例への初挑戦を経て、1998年の参院選大阪府選挙区で725,385票を得て初当選。
なぜ転機なのか 青年運動・党活動から国政へ活動の場が移ったため。
02
2009年8月
衆議院へ転じ国政復帰
2004年、2007年の参院選落選を経て、比例近畿ブロックから衆院議員に初当選。
なぜ転機なのか 参院議員時代とは異なる衆議院を舞台に、教育・財政・国有地問題などへ活動領域を広げたため。
03
2019年4月
議員辞職して大阪12区補選へ
比例代表で在職中だった衆議院議員を辞職し、無所属候補として大阪12区補選へ出馬。
なぜ転機なのか 議席を手放して市民と野党の共同候補として小選挙区選挙に挑むという大きな進路変更だったため。
04
2021年10月
大阪5区から国政へ復帰
大阪5区で立候補し、比例近畿ブロックで当選。約2年半ぶりに衆議院へ復帰。
なぜ転機なのか 2019年の議員辞職・補選落選を経て、再び国会活動に戻ったため。

宮本岳志氏が取り組んできた主な政策・政治テーマ

高等教育の学費負担軽減

大学・専門学校などの高い学費の引き下げ、給付型奨学金の拡大、教育費への公費投入を求めてきました。コロナ禍では大学などの学費半減を含む教育プランも掲げています。

夜間中学と学習権

義務教育を十分に受けられなかった人や外国籍住民などが学ぶ夜間中学について、設置促進や給食、教育条件の改善を国会で質問してきました。

行政の情報公開と公文書

森友問題をはじめ、行政文書の保存・開示、政策決定過程の透明性を国会で取り上げました。旧統一協会の名称変更をめぐっても、文化庁内部の文書や判断過程の公開を求めています。

地方自治

参院議員時代から地方自治を担当し、衆議院でも総務委員会などで自治体財政や国と自治体の関係を質問しました。2024年地方自治法改正では国の指示権拡大に反対する立場でした。

平和・憲法

中学生時代に原水爆禁止世界大会へ参加した経験を持ち、日本共産党の立場から憲法9条改定や軍事費拡大に反対してきました。議員退任後も憲法運動の集会などで活動しています。

文化・スポーツ

文化・芸術への支援、著作権、スポーツ環境も国会活動の対象でした。超党派のスポーツ議員連盟に参加し、スポーツ基本法制定過程にも関わっています。

2024年衆院選で落選、その後も大阪を中心に活動

2024年10月27日の第50回衆議院議員総選挙では、大阪5区から日本共産党公認で立候補しました。この選挙では比例代表との重複立候補をせず、小選挙区単独で挑戦しています。

得票は24,480票で4位。日本維新の会の梅村聡氏が当選し、宮本氏は衆議院議員の議席を失いました。

2026年9月時点では国会議員ではありませんが、政治活動から退いたわけではありません。2025年には日本共産党の参院選活動、教育問題、岸和田市政をめぐる活動などに参加しました。

2026年7月には大阪憲法会議・共同センターの総会で憲法をめぐる情勢について報告し、8月30日には日本共産党大阪府委員会が開いた不登校と教育を考える集会にも参加しています。

参院・衆院を通じて長く国政に携わった後も、岸和田を含む大阪を拠点に、教育、憲法、地域課題に関わる活動を続けています。

「政治の務めは弱い人を守ることであって、強い者だけを応援する政治でいいのか」

出典:しんぶん赤旗「願いを胸に/宮本たけしさん」(2006年7月6日)

宮本岳志氏の国会発言をテーマ別に見る

一次情報を深掘り

記事本文で扱ったテーマを、本人の国会発言まで深掘りできます。まずは代表的な発言を表示し、関連発言があるテーマだけ追加で確認できます。

高等教育の学費・奨学金

夜間中学

森友学園への国有地売却問題

地方自治

旧統一協会の名称変更と行政過程

※ 内容の要点は公式一次情報をもとに整理しています。正確な文脈・全文は各リンク先の公式資料から確認できます。

宮本岳志氏の現在情報

2026年9月26日 時点
現在の所属 日本共産党
現在の主な役職
日本共産党中央委員

2024年10月の第50回衆議院議員総選挙で落選後も、前衆議院議員として大阪を中心に教育、憲法、地域課題に関する政治活動を継続している。

参考・出典 この記事で参照した主な資料
公式・一次情報
選挙・公的資料
報道・インタビュー

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