田村貴昭の経歴・学歴と生い立ち|北九州市議から九州比例の衆議院議員へ

田村貴昭
ひと目でわかるプロフィール 田村貴昭
たむら たかあき
出身地
大阪府枚方市
初当選
1997年(北九州市議会議員選挙)
最終学歴
北九州大学法学部政治学科卒業
主な前職
労働組合、政党職員
政界入り
労働組合から、地方議員から、政党職員から
生年月日 1961年4月30日

田村貴昭氏は、北九州市議会議員を2期務めた後、九州・沖縄を活動地域として国政を目指し、衆議院議員を4期務めた日本共産党の政治家です。

学生自治会、労働組合、党の専従活動、市議会、そして国会へ。政治の世界へ入る以前から地域の要求や労働問題に関わり続けてきた歩みがあります。

田村貴昭氏を理解する3つのポイント
  1. 学生自治会や労働組合、党活動を経て北九州市議となった政治家です。
  2. 市議退任後は九州・沖縄を回りながら国政への挑戦を重ねました。
  3. 衆議院では農林水産、災害、税制、地域課題などを幅広く扱いました。

田村貴昭の生い立ち|大阪府枚方市で育ち、教師を志した学生時代

田村貴昭氏は1961年4月30日、大阪府枚方市に生まれました。高度経済成長期の住宅公団で育ち、本人によれば幼いころは体が弱かった一方、自転車に乗ることが好きな少年だったといいます。

中学生になるとテニスに打ち込み、キャプテンを務めました。高校では一転して書道部の部長となり、このころは教師を志していました。

「日本はこれでいいのか」

出典:田村貴昭オフィシャルサイト「プロフィール」(公開日記載なし)

田村貴昭の学歴|北九州大学法学部政治学科で自治会活動へ

進学先に選んだのは、政治学科のあった北九州大学法学部政治学科でした。大学では自治会活動に力を入れ、学友会委員長を務めています。

学費値上げへの反対運動やカリキュラム改善、学内環境の整備など、学生の要求を大学へ届ける活動に取り組みました。選挙で公職に就くより前から、集団の要求をまとめ、行政や組織へ働きかける活動を経験していたことになります。

労働組合書記から日本共産党の専従活動へ

大学卒業後は北九州市職員労働組合の書記となりました。その後、日本共産党の専従活動家となり、北九州市会議員団の事務局で政策や宣伝の仕事を担当します。

当時は政策を伝えるビラの作成にも携わりました。本人のプロフィールには、1987年ごろに高価なワープロを使って資料づくりをしていた思い出も記されています。

政党や議員団を裏方として支えた経験を経て、自ら選挙へ出ることになります。

学歴一覧田村貴昭の学校歴
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区分学校名学部・専攻現在の偏差値・難易度備考
高校大阪府立枚方高等学校―56(2026年度版・普通科)―
大学北九州大学法学部政治学科現在は北九州市立大学へ改称・組織再編のため単純比較しない卒業

※枚方高校は2026年度版の現在偏差値です。北九州大学は現在の北九州市立大学へ移行しており、本人在学時の政治学科と現行組織を単純比較していません。

田村貴昭の経歴|北九州市議として2期8年

1997年1月の北九州市議会議員選挙で、小倉北区から初当選しました。2001年には3,934票を得て再選し、市議を2期8年務めています。

市議時代に掲げたモットーは「税金のムダづかいを許さない」。官官接待や大型開発を取り上げ、行政の支出や事業計画を追及しました。

「税金のムダづかいを許さない」

出典:田村貴昭オフィシャルサイト「プロフィール」(公開日記載なし)

人工島事業をめぐっては、コンテナ貨物の需要予測を検証するため韓国・釜山や中国・大連にも出向きました。学校の教室へのストーブ設置を住民と求めた取り組みについては、後年「思い出深い」と振り返っています。

国政への挑戦と九州・沖縄を回った候補者時代

市議2期を終えた後、2005年の第44回衆議院議員総選挙に日本共産党から立候補しました。福岡10区では21,140票を得ましたが、比例を含め議席には届きませんでした。

2009年には比例九州ブロックに単独で立候補。同年、日本共産党国会議員団九州沖縄ブロック事務所長となり、福岡だけでなく九州・沖縄各県を回る活動が本格化しました。

川内原発、佐賀空港へのオスプレイ配備、沖縄の基地問題など地域ごとの課題に関わる一方、大企業の雇用問題をめぐって企業との交渉にも参加しました。

国政報告ではパソコンとプロジェクターを持ち歩き、スライドを使う「電気紙芝居」と呼ばれる説明方法も使っていました。

福岡県知事選で47万票、再び衆院選へ

2011年には「県民を主人公に、憲法をくらしに生かす福岡県民の会」から要請を受け、福岡県知事選挙へ無所属で出馬しました。日本共産党の推薦を受け、474,445票を獲得しましたが、小川洋氏に敗れています。

「遠くて見えない県政を県民に身近で役立つ県政に転換したい」

出典:田村貴昭オフィシャルサイト「福岡知事選 田村氏事務所開き 身近で役立つ県政へ」(2011年2月10日)

知事選後も国政への挑戦を続け、2012年の衆院選にも比例九州ブロックから立候補しました。この時も議席には届きませんでした。

転機となったのは2014年12月の第47回衆議院議員総選挙です。比例九州ブロックの日本共産党名簿2位で初当選し、2005年から続けてきた国政挑戦の末に衆議院へ入りました。

衆議院議員として九州の課題を国会へ

初当選後は、農林水産、環境、災害対策、財務金融など複数の分野で国会質問を重ねました。特に九州各地の農林漁業、災害、水俣病、有明海、基地・原発といった地域課題を継続して扱っています。

2015年には水銀に関する水俣条約の審議で、水俣病被害者の救済状況を取り上げました。条約締結への賛成を示しながら、長く残されている被害者救済の問題を政府に問いただしています。

「水俣病と同じような被害を繰り返してはならぬ」

出典:国会議員白書「田村貴昭 委員会発言一覧」(公開日記載なし)

2017年の第48回衆院選では福岡10区にも立候補し、小選挙区では30,792票。比例九州ブロックで議席を得て2期目に入りました。

2021年は比例単独候補として3選、2024年にも比例九州ブロックで4選。2014年から2026年1月まで4期にわたって衆議院議員を務めました。

人生年表 田村貴昭さんの歩み
1961年4月30日
大阪府枚方市に生まれる
住宅公団で育つ
1980年代
北九州大学法学部政治学科を卒業
学生時代は学友会委員長を務め、学費値上げ反対などに取り組む
大学卒業後
北九州市職員労働組合の書記となる
その後、日本共産党の専従活動家、北九州市会議員団事務局で活動
1997年1月
北九州市議会議員選挙で初当選
小倉北区選挙区、日本共産党
2001年1月
北九州市議会議員に再選
市議を通算2期8年務める
2005年9月
第44回衆議院議員総選挙に立候補
福岡10区・比例九州ブロック、落選
2009年
日本共産党国会議員団九州沖縄ブロック事務所長に就任
九州・沖縄各県で活動
2011年4月
福岡県知事選挙に立候補
無所属、日本共産党推薦で474,445票を獲得
2014年12月
第47回衆議院議員総選挙で初当選
比例九州ブロック
2017年10月
第48回衆議院議員総選挙で再選
福岡10区との重複立候補、比例当選
2021年10月
第49回衆議院議員総選挙で3選
比例九州ブロック
2024年10月
第50回衆議院議員総選挙で4選
比例九州ブロック
2026年1月
衆議院議員としての在職を終える
4期にわたり活動
2026年2月
第51回衆議院議員総選挙に立候補
比例九州ブロック、日本共産党は議席を獲得できず落選

田村貴昭の政策・政治姿勢|農業の価格保障と所得補償

田村氏が国会で継続して取り組んだ分野の一つが農政です。農林水産分野では、農産物価格や米政策、家族農業、自由貿易協定、種子・種苗、食料自給率などを取り上げてきました。

2021年のインタビューでは、新型コロナ禍で需要低下や価格下落に直面した農林水産業への対策を批判。大規模化や輸出を中心とする政策ではなく、小規模な家族農業を支える立場を示しています。

2025年の米問題をめぐっては、価格保障と所得補償によって農業経営を支え、国内の生産基盤を維持する政策を主張しました。

「農村も含めた地方創生をどう進めるかも、もっと議論したかったです」

出典:JAcom「地方創生、もっと議論したかった」(2025年9月19日)

消費税減税とインボイス廃止を国会で要求

財政・税制では、消費税率を5%へ引き下げることと、インボイス制度の廃止を繰り返し主張しました。特に小規模事業者やフリーランスが負う納税・事務負担を問題として取り上げています。

2025年8月の衆院予算委員会では、参院選で消費税減税を求める候補が多数当選したことを挙げ、政府に減税へ踏み出すよう求めました。

「民意を実行に移すべきです」

出典:国会会議録検索システム「第218回国会 衆議院予算委員会」(2025年8月4日)

企業や富裕層への課税を見直すことで財源を確保し、物価高対策として消費税負担を引き下げるというのが田村氏と日本共産党の主張です。

選挙歴 田村貴昭の選挙歴
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年月日選挙選挙区・地域所属結果得票・順位
北九州市議会議員選挙
比例復活:なし
初当選。以後2期8年、市議を務める。
小倉北区 日本共産党 当選
北九州市議会議員選挙
比例復活:なし
2期目。
小倉北区 日本共産党 当選 3,934票 当選者中11位
第44回衆議院議員総選挙
定数:小選挙区1 比例復活:なし
比例九州ブロック名簿2位で重複立候補。
福岡県 第10区・比例九州ブロック 日本共産党 落選 小選挙区21,140票 小選挙区4位
第45回衆議院議員総選挙
定数:21 比例復活:なし
比例単独候補。日本共産党は九州ブロックで1議席を獲得し、名簿1位の赤嶺政賢氏が当選。
比例九州ブロック 日本共産党 落選 党名簿2位
福岡県知事選挙
定数:1 比例復活:該当なし
日本共産党推薦。「県民を主人公に、憲法をくらしに生かす福岡県民の会」が擁立。
福岡県 無所属 落選 474,445票 2位
第46回衆議院議員総選挙
定数:21 比例復活:なし
比例単独候補。
比例九州ブロック 日本共産党 落選 党名簿2位
第47回衆議院議員総選挙
定数:21 比例復活:なし
比例単独候補として衆議院初当選。
比例九州ブロック 日本共産党 当選 党名簿2位
第48回衆議院議員総選挙
定数:小選挙区1 比例復活:あり
比例九州ブロック名簿2位。日本共産党が同ブロックで1議席を獲得し再選。
福岡県 第10区・比例九州ブロック 日本共産党 比例当選 小選挙区30,792票 小選挙区落選
第49回衆議院議員総選挙
定数:20 比例復活:なし
比例単独候補。衆議院3選。
比例九州ブロック 日本共産党 当選 党名簿2位
第50回衆議院議員総選挙
定数:20 比例復活:なし
日本共産党の九州ブロック得票275,408票、獲得1議席。田村氏が4選。
比例九州ブロック 日本共産党 当選 党名簿2位
第51回衆議院議員総選挙
定数:20 比例復活:なし
比例単独候補。日本共産党の九州ブロック得票210,751票、獲得議席0。
比例九州ブロック 日本共産党 落選 党名簿2位

田村貴昭氏の国会発言をテーマ別に見る

一次情報を深掘り

記事本文で扱ったテーマを、本人の国会発言まで深掘りできます。まずは代表的な発言を表示し、関連発言があるテーマだけ追加で確認できます。

米価と農家支援

農地復旧と災害支援

市町村の人員と地域農業計画

※ 内容の要点は公式一次情報をもとに整理しています。正確な文脈・全文は各リンク先の公式資料から確認できます。

災害現場へ足を運ぶ政治活動

豪雨、地震、台風などが相次ぐ九州で、災害対策も長く取り組んできた分野です。被災地へ入り、自治体や被災者、事業者から要望を聞き、国への支援要求につなげる活動を重ねてきました。

2023年の福岡県豪雨では広川町で被害を調査。久留米絣の工房などを訪ね、再建に必要な支援について聞き取りを行いました。

国会議員でなくなった後もこの活動は続いています。2026年夏の熊本地震では八代市や宇城市などを訪れ、住宅、避難所、観光業、鉄道などの被害状況を調べました。

「国に対して支援を求めていきたい」

出典:しんぶん赤旗「2026熊本地震 観光も鉄道も存続の危機」(2026年8月21日)
政治人生の転機 田村貴昭の政治人生の転機
01
1997年1月
北九州市議に初当選
日本共産党の専従活動や市議団事務局での経験を経て、小倉北区から北九州市議に初当選しました。
なぜ転機なのか 政治活動を支える側から、自ら公職を担う地方議員へ立場が変わったため。
02
2005年
市議から国政への挑戦
北九州市議2期8年を経て、第44回衆院選の福岡10区・比例九州ブロックに立候補しました。
なぜ転機なのか 地方議員から国政候補へ活動の舞台を移したため。
03
2014年12月
4度目の国政挑戦で衆議院初当選
2005年、2009年、2012年の衆院選を経て、比例九州ブロックで初当選しました。
なぜ転機なのか 長期間の九州・沖縄での政治活動を経て国会議員となったため。
04
2026年2月
衆院議席を失い前議員として活動へ
第51回衆院選で比例九州ブロックから立候補しましたが、日本共産党は同ブロックで議席を獲得できませんでした。
なぜ転機なのか 4期続けた衆議院議員としての立場から、前議員としての政治活動へ移行したため。

基地・原発問題でも九州各地へ

九州・沖縄で活動してきた田村氏は、鹿児島県の川内原発や馬毛島、沖縄の基地問題、佐賀空港への自衛隊機配備などについても現地調査や国会質問、政府交渉を行ってきました。

原発問題では事故時の避難計画や地域住民の安全確保を問い、基地問題では建設費や環境への影響、地元住民の生活への影響などを取り上げています。

議席の有無にかかわらず現場へ入り、地域で集めた要求を政府へ届けるという活動方法は、市議時代から国政、前議員となった後まで一貫して見られます。

田村貴昭氏の演説・国会活動を動画で見る

公式サイト内の「田村チャンネル」では、国会質問や演説、集会での発言などの動画が公開されています。次の動画は衆院議員を離れた後、2026年5月の福岡県中央統一メーデーで行ったあいさつです。

本人の公式Xで見る最近の発信

本人公式Xでは、政策や地域活動について継続的に発信しています。以下は本人アカウントで確認できる投稿です。

日々の政策・地域活動に関する本人の発信です。

日々の政策・地域活動に関する本人の発信です。

日々の政策・地域活動に関する本人の発信です。

田村貴昭氏の現在情報

2026年9月12日 時点
現在の所属 日本共産党

2026年2月の衆院選後も九州・沖縄を中心に政治活動を継続し、同年夏の熊本地震では被災地調査や被災者支援を求める活動に参加しています。

参考・出典 この記事で参照した主な資料
公式・一次情報
選挙・公的資料
報道・インタビュー
その他の参考資料

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