平井伸治の経歴・学歴と生い立ち|自治・総務官僚から鳥取県知事、全国知事会長まで

平井伸治
ひと目でわかるプロフィール 平井伸治
ひらい しんじ
出身地
東京都千代田区
初当選
2007年(鳥取県知事選挙)
最終学歴
東京大学法学部卒業
主な前職
官僚・国家公務員
政界入り
官僚から
生年月日 1961年9月17日

平井伸治氏は、自治・総務官僚として国と地方の行政を往復したのち、鳥取県の選挙政治へ転じた人物です。行政の実務感覚と、県の規模を逆手に取る発想が、その後の県政にも表れてきました。

東京・神田で育った少年時代から、自治省での地方行政、鳥取との出会い、知事への転身、全国知事会での活動まで、その歩みを時系列でたどります。

平井伸治氏を理解する3つのポイント
  1. 国と地方の行政現場を経験し、鳥取県との関係を深めてきた自治・総務官僚出身の知事です。
  2. 人口規模の小ささを機動力に変え、子育て、共生、地域発信などで独自の施策を展開してきました。
  3. 県政に加え、全国知事会などを通じて地方自治、人口減少、危機管理をめぐる全国的な議論にも関わってきました。

平井伸治の生い立ち|東京・神田で育ち、開成から東京大学へ

平井伸治氏は1961年9月17日、東京都千代田区で生まれました。本人は故郷を「東京の秋葉原という電気街、今で言うと外神田」と表現しており、下町の空気の中で少年時代を過ごしています。

神田の街では、地域の祭りも身近な存在でした。後年のインタビューでは、子どもの頃の姿をこんなふうに振り返っています。

子どもの頃は2年に1度の神田祭に出て神輿を担いでいましたね。

出典:ライブドアニュース「『カニはいるけどカネはない』 ダジャレ知事に聞く 鳥取県の”勝手に広まる”PR戦略」(2022年3月30日)

平井伸治の学歴|開成高校から東京大学法学部へ

学歴一覧平井伸治の学校歴
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区分学校名学部・専攻現在の偏差値・難易度備考
中学校開成中学校――中高一貫
高校開成高等学校―77(2026年度版)―
大学東京大学法学部67.5(文科一類・2027年度参考)1984年3月卒業

※偏差値・難易度は平井氏の在学当時ではなく現在の目安です。開成高校は2026年度版、東京大学法学部は文科一類を参考値として掲載しています。

中学・高校は開成中学校・開成高等学校へ進み、その後、東京大学法学部に進学しました。1984年3月に東京大学法学部を卒業し、翌4月から自治省で働き始めます。

公開されているプロフィールでは、中学・高校時代の部活動や学校生活の細部までは多く語られていません。確認できる範囲では、開成中・高から東京大学法学部へ進み、卒業後すぐ地方行政の道へ入ったという流れが学歴上の大きな特徴です。

平井伸治の経歴|自治省で地方行政を歩き、鳥取との縁が生まれる

自治省では本省だけでなく、地方自治体へ赴任しながら行政実務を経験しました。1990年に福井県市町村課長、1992年には同県財政課長を務め、市町村行政と地方財政の双方に携わっています。

1995年には米国へ派遣され、その後も地方制度や税財政に関するポストを歴任しました。国の制度を扱う仕事と、地方の現場で行政を動かす仕事を往復していきます。

鳥取県との本格的な関係が始まったのは1999年です。鳥取県へ赴任し、総務部長に就任しました。本人は初めて鳥取へ向かったとき、日本海と空の境目が分からないような景色を飛行機から眺め、「これからどうなるんだろう」と感じたことを後に語っています。

暮らしてみると、海や温泉、山の近さ、新鮮な食材など、東京とは異なる生活環境に触れました。一方で、県外にはそうした魅力が十分伝わっていないとも感じていきます。

2001年6月には、当時全国最年少で鳥取県副知事に就任しました。総務部長として県庁内部を経験した後、県政全体を支える立場へ進んだことになります。

2005年には総務省へ戻り、自治行政局選挙部政治資金課政党助成室長を務めました。翌2006年6月からは自治体国際化協会ニューヨーク事務所長として、再び海外で勤務します。

ニューヨーク勤務から鳥取県知事選へ

ニューヨーク勤務中、かつて鳥取で一緒にまちづくりに取り組んだ関係者や地元議員から、鳥取へ戻ってほしいという声が届きました。それまでの平井氏は選挙で選ばれる政治家ではなく、行政官として仕事をしてきた人物です。

2007年2月に総務省を退職し、鳥取県知事選へ進みました。行政官として約23年歩んだ後の転身でした。

4月8日の鳥取県知事選では無所属で立候補。232,897票を得て、対立候補を破りました。初めての選挙で鳥取県知事に当選し、公選の首長として県政を担うことになります。

官僚時代は制度を作り、自治体を支援する側でした。知事になってからは、限られた財源や人口規模の中で、どの政策を実際に動かすのかを自ら判断する立場へ移りました。

度の知事選と全国知事会長

初当選後、2011年、2015年、2019年、2023年の知事選でも当選を重ねました。選挙管理委員会の記録では、5回の知事選はいずれも無所属としての立候補です。

県政と並行して、地方自治をめぐる全国的な役割も増えていきます。地方分権推進特別委員会委員長、新型インフルエンザ等対策に関する政府会議の構成員などを務めました。

新型コロナウイルスの感染拡大期には、全国知事会の緊急対策本部で本部長代行などを担当しました。都道府県が感染状況や医療提供体制をそれぞれ抱える中、国との調整にも関わっていきます。

2021年の全国知事会長選では40人の知事から推薦を受け、無投票で当選。同年9月、第14代全国知事会長に就任しました。

期待をされているぶん、裏を返せばそれだけ責任が大きい。

出典:自治体通信Online「同じマインドをもつ47人が団結し、新型コロナウイルスに立ち向かう」(2021年12月22日)

会長在任中は、医療提供体制、感染防止、経済対策などについて、47都道府県の意見をまとめながら政府へ提言しました。コロナ禍で増えたウェブ会議も使い、従来より短い間隔で各知事が協議する運営が定着していきました。

全国知事会長の任期は2023年9月まで。その後は会長指名による副会長へ就任し、全国知事会での活動を続けています。

小さな県を機動力に変える行政運営

平井県政をたどると、人口の少なさを単なる弱点として扱うのではなく、政策決定や実行の速さにつなげようとする考え方が繰り返し現れます。

つねに知恵を絞り、スピーディに実行に移すことですね。

出典:自治体通信Online「知恵と行動力があれば小自治体こそ武器 『スモール イズ ストロング』なんです」(2016年9月25日)

2016年のインタビューでは、県庁内のペーパーレス化、説明資料を重複して作る作業の削減、組織階層の簡素化などを紹介しています。行政内部の手続きを軽くすることで、政策に使える時間を増やそうとしました。

人口が60万人を割ったことを受けて進めた移住定住政策でも、支援窓口の整備、空き家の水回り改修、「お試し住宅」、農林水産業への就労支援など、生活を始める際に障害となる部分へ施策を広げました。

平井氏自身は、この発想を「スモール イズ ストロング」と表現しています。大規模自治体と同じ手法を追うのではなく、小規模だからこそ住民や現場との距離を縮められるという考え方です。

「子育て王国」と人口減少への取り組み

人口減少への対応では、移住と並んで子育て政策を大きな柱にしてきました。2010年には「子育て王国とっとり」の取り組みを始め、保育や出産、子育て世帯への支援を段階的に広げました。

2014年には子育て支援を継続して進める枠組みとして「子育て王国とっとり条例」が施行されました。中山間地域や多子世帯の保育料負担、不妊治療、子どもの医療、産後ケアなど、ライフステージごとに施策が組み合わされています。

2024年3月には、「シン・子育て王国とっとり計画」を策定しました。計画期間は2024年度から2028年度までで、毎年度、若者や子育て当事者の意見、実態調査などを踏まえて見直す仕組みです。

平井氏は少子化を地方だけで解決する問題とは捉えておらず、国による制度整備にも言及しています。

国がリーダーシップをとることは重要だ。

出典:中央日報日本語版「出生率を向上させた『子育て王国』鳥取県知事の魔法」(2024年5月24日)

学生時代の手話との出会いを制度へつなぐ

平井氏と手話との接点は、知事になってから始まったものではありません。学生時代、日本赤十字のボランティア活動で手話に触れ、社会人になってからは神戸市の手話ボランティアスクールを修了しています。

だから私の手話は「神戸なまりの関西弁」。

出典:関西広域連合「平井伸治委員『手話は言語だ』」(2021年9月3日)

知事就任後、県の公聴会では、ろう者から「手話を言語だと認めてほしい」という声が寄せられました。県は研究会を設けて制度設計を進め、2013年10月、全国初となる鳥取県手話言語条例が成立しました。

条例後は、手話教材の配布、学校への関連図書配置、遠隔手話通訳、手話講座、知事会見での手話通訳などへ施策を広げました。

2016年7月には33道府県で「手話を広める知事の会」が発足し、平井氏が会長となりました。翌2017年には47都道府県が参加する組織へ広がっています。

同会は2024年、国に対して手話に関する法律の早期制定を求める意見書を提出しました。2025年6月には「手話に関する施策の推進に関する法律」が全会一致で成立し、同月25日に公布・施行されています。

「キャッチフレーズ」で鳥取を外へ伝える

政策とは別に、平井氏の人物像をよく表すのが言葉を使った情報発信です。その意識が強まった出来事の一つが、ニューヨーク勤務時代にありました。

飛行機で隣り合わせた米国の知事が、テレビ出演に備えて身ぶり手ぶりを交えながら何度も練習している姿を目撃しました。行政の内容だけでなく、相手へ届くように表現する必要があると意識するきっかけになったと振り返っています。

鳥取県が全国で唯一スターバックスの店舗がない県だった時期には、「スタバはないけどスナバがある」という言葉が大きく報じられました。準備していた詳しい県の説明より、短いフレーズの方が広く伝わった経験から、言葉の使い方を県外発信へ生かしていきます。

自分ではキャッチフレーズだと思っている

出典:山陰中央新報デジタル「平井 伸治 氏」(2023年3月23日)

その後もカニ、砂丘、星空、漫画やアニメなど、鳥取にすでに存在する地域資源と話題性を組み合わせた発信を重ねました。広告予算の規模で競うのではなく、ニュースとして取り上げられる入口をつくる方法です。

産業・デジタル・医療へ広がる県政課題

長期の県政では、人口政策だけでなく、産業振興、地域交通、医療、防災、デジタル化など扱う領域も広がっています。直近の施策も、過去の政策を維持するだけでなく、新しい技術や社会環境へ合わせて更新されています。

2026年8月の定例記者会見では、最低賃金引き上げを見据えた中小事業者の価格転嫁・賃上げ環境整備を補正予算案へ盛り込む考えを示しました。企業側が人件費上昇を価格へ適切に反映できる環境づくりを支援するものです。

同じ会見では、AIとAXを使った産業変革も打ち出しました。AIロボティクスの開発・実装、人材育成、県内企業への伴走支援などに約7,000万円を用意する補正予算案を検討しています。

県中部では分娩件数の減少を受け、県立厚生病院の周産期医療機能を強化する方針も示しました。母子同室病床や個室の拡充、設備整備を通じ、妊娠から出産、産後ケアまで地域で支える医療体制を維持する狙いです。

政治人生の転機 平井伸治の政治人生の転機
01
1999年7月
鳥取県総務部長として鳥取へ
自治省から鳥取県へ赴任し、県政運営に直接携わる立場となりました。
なぜ転機なのか 後に副知事、知事へ進む鳥取県との本格的な関係が始まった時期です。
02
2007年4月
官僚から公選知事へ
総務省を離れ、鳥取県知事選へ無所属で出馬して初当選しました。
なぜ転機なのか 行政官として政策を支える側から、有権者の選挙を経て県政を担う立場へ転じました。
03
2021年9月
第14代全国知事会長に就任
40人の知事から推薦を受け、全国知事会長に無投票で選ばれました。
なぜ転機なのか 鳥取県政に加え、全国の都道府県を代表して国との政策協議に関わる立場となりました。

平井伸治氏の記者会見動画

鳥取県が公開している定例記者会見では、県政課題について平井氏本人が説明する様子をまとまった時間で確認できます。

平井伸治氏の記者会見をテーマ別に見る

一次情報を深掘り

記事本文で扱ったテーマを、本人の記者会見まで深掘りできます。まずは代表的な発言を表示し、関連発言があるテーマだけ追加で確認できます。

給付付き税額控除と地方財政

原発・プルサーマルの安全確認

避難所の感染症対策

※ 内容の要点は公式一次情報をもとに整理しています。正確な文脈・全文は各リンク先の公式資料から確認できます。

平井伸治氏の現在情報

2026年9月8日 時点
現在の公職 鳥取県知事
現在の所属 無所属
選挙区・選出地域 鳥取県
現在の期・任期 鳥取県知事5期目
現在の主な役職
全国知事会副会長 全国知事会人口戦略対策本部長 中国地方知事会長 全国自治体病院開設者協議会会長 全国地域航空システム推進協議会会長 手話を広める知事の会会長

県政では人口減少・子育てに加え、賃上げと価格転嫁、AI・AXによる産業変革、周産期医療、防災などを2026年度の政策課題として扱っています。県外でも人口戦略、医療、地域航空、手話など複数分野の自治体連携を担っています。

関連書籍
平井伸治さんの著書・関連書籍
鳥取力 新型コロナに挑む小さな県の奮闘
書籍
鳥取力 新型コロナに挑む小さな県の奮闘
著者:平井 伸治 / 出版社:中央公論新社 / 発売日:2021年03月23日頃
小さくても勝てる 「砂丘の国」のポジティブ戦略
書籍
小さくても勝てる 「砂丘の国」のポジティブ戦略
著者:平井伸治 / 出版社:中央公論新社 / 発売日:2016年09月

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選挙歴 平井伸治の選挙歴
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年月日選挙選挙区・地域所属結果得票・順位
鳥取県知事選挙
定数:1 比例復活:なし
初当選
鳥取県 無所属 当選 232,897票 1位
鳥取県知事選挙
定数:1 比例復活:なし
2選
鳥取県 無所属 当選 255,367票 1位
鳥取県知事選挙
定数:1 比例復活:なし
3選
鳥取県 無所属 当選 234,291票 1位
鳥取県知事選挙
定数:1 比例復活:なし
4選
鳥取県 無所属 当選 225,883票 1位
鳥取県知事選挙
定数:1 比例復活:なし
5選
鳥取県 無所属 当選 200,442票 1位
人生年表 平井伸治さんの歩み
1961年9月17日
東京都千代田区で生まれる
東京・神田で育つ
1984年3月
東京大学法学部を卒業
1984年4月
自治省に入省
地方自治行政の道へ進む
1990年4月
福井県市町村課長に就任
1992年4月
福井県財政課長に就任
1995年9月
米国へ派遣
自治省官房総務課課長補佐として渡米
1999年7月
鳥取県総務部長に就任
2001年6月
鳥取県副知事に就任
当時全国最年少
2005年4月
総務省政党助成室長に就任
2006年6月
自治体国際化協会ニューヨーク事務所長に就任
2007年2月
総務省を退職
鳥取県知事選への出馬へ進む
2007年4月
鳥取県知事選挙で初当選
鳥取県知事に就任
2013年10月
鳥取県手話言語条例が成立
全国初の手話言語条例
2016年7月
手話を広める知事の会会長に就任
2021年9月
第14代全国知事会長に就任
2023年9月まで
2023年4月
鳥取県知事選挙で5選
2023年9月
全国知事会副会長に就任
会長指名
2024年8月
全国知事会人口戦略対策本部長に就任
2025年1月
中国地方知事会長に就任
2026年3月
全国自治体病院開設者協議会会長に再就任
2026年6月
全国地域航空システム推進協議会会長に就任
参考・出典 この記事で参照した主な資料
公式・一次情報
選挙・公的資料
報道・インタビュー
その他の参考資料

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