鈴木康友氏は、浜松で育ち、民間、国会、基礎自治体、広域自治体と異なる現場を歩いてきた政治家です。
本人の言葉が残る少年時代から、組織を運営する側へ進んでいった過程を、節目ごとの出来事と政策からたどります。
- 小学生のころから政治や外交に関心を持ち、松下政経塾1期生として5年間学びました。
- 国会議員を経た後、地方行政へ転じ、浜松市政を4期にわたって担いました。
- 行財政改革、産業政策、地方分権を軸に、浜松市から静岡県へ活動の範囲を広げています。
鈴木康友の生い立ち|転校初日に声をかけた同級生――浜松で育った少年時代
鈴木康友氏は1957年8月23日、静岡県浜松市に生まれました。小学校では、小学5年のときに曳馬小学校から広沢小学校へ転校しています。
転校を前に不安を感じていた少年は、「まず一人、友達をつくろう」と考えました。そこで声をかけたのが、五十音順で自分の前に座っていた鈴木光司氏でした。後に作家となる鈴木光司氏とは、中学、高校、大学も同じ学校に通う長い付き合いになります。
一方、政治への関心も早い時期から芽生えていました。冷戦下では日本の漁船がソ連に拿捕されるニュースに接し、国と国との関係を子どもなりに考えていたと振り返っています。小学校の卒業文集には、将来について次のように書きました。
「将来、僕は大人になったら政治家か外交官になって日ソ関係を改善したい」
出典:SBS NEWS「静岡県知事選 鈴木康友氏インタビュー」(2024年4月25日)
鈴木康友の学歴|浜松北高校のバンド活動、2年の浪人を経て慶應へ
| 区分 | 学校名 | 学部・専攻 | 現在の偏差値・難易度 | 備考 |
|---|---|---|---|---|
| 小学校 | 浜松市立広沢小学校 | ― | ― | 浜松市 |
| 中学校 | 浜松市立蜆塚中学校 | ― | ― | ― |
| 高校 | 静岡県立浜松北高等学校 | ― | 69〜71(2026年度版) | 現行学科レンジ |
| 大学 | 慶應義塾大学 | 法学部 | 65.0〜67.5(法学部・2027年度) | 卒業 |
※偏差値・難易度は鈴木氏の在学当時ではなく現在の目安です。
広沢小学校を卒業すると、浜松市立蜆塚中学校、静岡県立浜松北高等学校へ進みました。学校生活は、政治だけを考えていたようなものではありません。
高校時代はヘヴィメタルのバンド活動に熱中し、本人の振り返りでは勉強にはあまり身が入らなかったといいます。その結果、大学入学までに2年間を要しました。
後年、この2年間も自分にとって価値のある時間だったと語っています。1980年3月に慶應義塾大学法学部を卒業しました。
松下政経塾1期生として過ごした5年間
大学卒業と同じ1980年、設立されたばかりの松下政経塾第1期生として入塾しました。創設者の松下幸之助氏から直接話を聞く機会も多く、当時は月に2回ほど講話があったと振り返っています。
研修は政策を机上で学ぶだけではありませんでした。本の飛び込み営業をした際には、会社を訪ねながら労働組合へ足を運ばなかったことを注意され、その夜に組合を訪ね直した経験も語っています。現場へ入り、人と会って仕事を進める訓練が組み込まれていました。
鈴木氏自身は、卒塾後に政治家となった自分を振り返り、5年間について明確な言葉を残しています。
「あの5年間がなかったら僕は政治家にはなっていなかった。」
出典:浜松市「HAMA流」鈴木康友氏・鈴木光司氏対談(2013年9月1日)
1985年3月に卒塾。その後は民間の新規事業企画などに携わり、政治を志す仲間の選挙にも関わるようになりました。
鈴木康友の経歴|企画会社の経営から、衆議院議員へ
卒塾後は企画会社の経営に進み、1990年にはステラプランニング代表取締役に就任しました。民間企業の新規事業を手がける一方、政治団体での活動なども経験しています。
初めて国政選挙へ出たのは1999年4月の衆議院静岡8区補欠選挙でした。民主党から立候補しましたが、自民党の塩谷立氏に敗れます。
翌2000年6月の第42回衆議院議員総選挙で再挑戦し、静岡8区で初当選しました。国会では経済産業委員会理事などを務めています。
2003年の総選挙では静岡8区で次点となったものの、比例東海ブロックで復活当選して2期目へ。2005年の総選挙では再び塩谷氏に敗れ、比例復活もなく議席を失いました。
2007年、国政復帰ではなく浜松市長選を選ぶ
2005年の落選後、鈴木氏は国政復帰を考えていました。そこへ地元の経済界などから持ち込まれたのが、浜松市長選への出馬要請です。
当初は断っていましたが、浜松市は2005年に周辺11市町村との合併を終え、2007年4月には政令指定都市へ移行。広い市域と多くの公共施設を抱えるなか、財政や行政組織をどう運営するかが課題になっていました。
最終的に市長選への転身を決め、2007年4月の浜松市長選で初当選。同年5月に市長へ就任しました。
就任当時に優先した課題を、後のインタビューでこう表現しています。
「財政改革と財政健全化というのは、一丁目一番地だったんです。」
出典:HOLG「『財政改革』と『財政健全化』は一丁目一番地」(2018年2月4日)
市債残高を抑え、行政経営を数値で追う
浜松市の決算資料で、市長就任年度にあたる2007年度末の総市債残高は5,493億円でした。市は将来負担を抑えるため、市債残高の削減を進めます。
2014年度末には総市債残高4,904億円となり、市が掲げていた5,000億円未満という中期目標を達成しました。前年の2013年度末は5,034億円で、1年間でも残高が減少しています。
こうした財政管理と並行し、公共施設や行政組織のあり方も見直しました。合併によって行政区域が大きく広がった浜松では、単年度の事業だけでなく、将来負担まで含めて自治体経営を考える手法が市政の柱になりました。
再生可能エネルギー、森林、多文化共生へ
太陽光と浜松新電力
東日本大震災と福島第一原発事故の後、浜松市は再生可能エネルギーの導入を加速させました。日照時間の長さを生かした太陽光発電では、2015年3月時点で10kW以上の設備が3,463件、設備容量は18万225kWとなり、いずれも全国市町村で首位となりました。
2015年には市と民間企業8社が出資する浜松新電力を設立。翌2016年から電力小売りを始め、地域で生み出したエネルギーを地域で使う仕組みづくりへ進みました。
「サステナブル」を3本柱へ
エネルギーだけでなく、天竜地域の森林資源や外国人住民との共生も都市政策へ組み込みました。SDGs未来都市として、再生可能エネルギー、持続可能な森林経営、多文化共生を主要な柱として位置付けています。
鈴木氏が市政後半に繰り返した言葉の一つが「持続可能性」でした。
「最も重要なキーワードが、サステナブル、持続可能性だと思っています。」
出典:EICネット「浜松市 鈴木康友市長インタビュー」(2021年12月20日)
天竜材ではFSC森林認証の拡大を進め、東京2020大会関連施設にも認証材が使われました。また2017年、浜松市は欧州評議会の「インターカルチュラル・シティ・ネットワーク」にアジアの都市として初めて加盟しています。
4期目で行政区再編に道筋、5選不出馬へ
2019年の浜松市長選で4期目に入りました。同年の発信には、若い世代から寄せられた質問や意見へ直接答える取り組みも残っています。
この任期で大きな課題となったのが、政令指定都市移行時に設けた7行政区の再編でした。人口減少を見据え、行政サービスと組織を持続可能な形へ組み直す議論が続きます。
2021年の静岡県知事選を前に出馬を求める動きがありましたが、行政区再編を優先して知事選への立候補を見送りました。本人は当時、再編を市長としての大きな公約と位置付け、途中で離れることはできないとの考えを示しています。
2022年10月には、市長選へ5選を目指して立候補しないと表明。2023年2月には市議会で行政区再編に必要な条例が可決され、同年4月30日に4期16年の市長職を終えました。
新しい中央区、浜名区、天竜区の3区体制が始まったのは、退任後の2024年1月1日です。
2024年、静岡県知事選へ
2024年4月、川勝平太知事の辞職表明を受けた知事選で、鈴木氏は4月15日に出馬を正式表明しました。所属は無所属で、立憲民主党と国民民主党の推薦を受けています。
6人が立候補した5月26日の投開票では、72万8,500票を得て静岡県知事に初当選。市長退任から約1年で、今度は県全域の行政を担うことになりました。
初登庁した5月29日の就任式では、市長時代に活動の中心だった県西部だけに視点を置かない姿勢を、自身の名前を使って表現しました。
「これからは知事として、中部の鈴木康友であり、東部の鈴木康友であり、そして静岡県の鈴木康友である」
出典:静岡県「鈴木康友知事初登庁/就任式」(2024年6月3日)
防災と産業力強化を県政の入口に
知事選で鈴木氏が「すぐにスピード感を持って取り組む」と挙げたのが防災でした。特に伊豆半島では道路網などの課題を意識し、災害時の対応力を高める考えを示しました。
中長期では産業力の強化を掲げています。浜松で自動車、楽器、光・電子などの産業と接してきた経験を県全体へ広げ、県内企業と国内外のスタートアップを結ぶ取り組みを進めました。
2026年の新春インタビューでは、スタートアップのコミュニティ形成や県外・海外からの誘致、既存企業との連携を進めていると説明しています。「TECH BEAT Shizuoka」も県内企業とスタートアップの共創の場として継続され、2026年も開催されました。
県庁改革をAI活用へ広げる
県庁内部の改革では、生成AIを含むデジタル技術の利用を前面に出しました。2026年度には鈴木氏自身がCAIO(Chief AI Officer/AI活用最高責任者)となり、県庁全体でAIを使う体制づくりを進めています。
考え方は、職員の仕事をAIへ丸ごと置き換えることではなく、役割を分けるというものです。
「AIにできることはAIに任せ、職員は職員しかできないことに集中する」
出典:静岡県「第4回『静岡県の目指す「AI活用」とは?』」(2026年5月15日)
県は全職員がAIを利用できる環境を整え、補助金業務などへの導入も試行。2026年度にはAI活用によって年間4万時間の業務削減を目標に掲げています。
「ウェルビーイングプラン」と両利き予算
県政全体では、2025年度から2028年度を期間とする総合計画「しずおか ウェルビーイングプラン」を策定し、「幸福度日本一の静岡県」を目標に据えました。
2026年度予算は「未来を育む両利き予算」と名付け、財政基盤を立て直す取り組みと、経済、人材、安全・安心など将来につながる分野への投資を並行して進める構成としています。
2026年、リニア静岡工区の着工容認へ
静岡県政で長年の懸案となってきたリニア中央新幹線について、鈴木氏は知事選の段階から事業を推進する立場を示す一方、大井川の水資源や南アルプスの自然環境への影響を確認したうえで進める姿勢を取っていました。
県とJR東海の協議では、水資源への影響が生じた場合の対応、自然環境の保全、着工後のモニタリングなどを整理。2026年7月7日、県議会全員協議会で静岡工区の着工を容認する判断を正式に表明しました。
同月18日には、鈴木知事とJR東海の丹羽俊介社長が、中央新幹線の建設と地域振興に関する基本合意書を締結しました。開業を見据えた地域づくりについて、県とJR東海が役割分担のもとで連携する内容です。
動画で見る、知事選直後のインタビュー
2024年の知事選翌日に行われたスタジオインタビューでは、初当選直後の話し方や、県政運営についての受け答えをまとまった時間で確認できます。
鈴木康友氏の国会発言をテーマ別に見る
記事本文で扱ったテーマを、本人の国会発言まで深掘りできます。まずは代表的な発言を表示し、関連発言があるテーマだけ追加で確認できます。
エネルギー政策と再生可能エネルギー
「太陽光、風力等の化石燃料以外のエネルギーの利用への転換」
エネルギー政策基本法案の修正案説明で、安定供給・環境適合・市場原理の活用をめぐる修正内容を示し、再生可能エネルギーへの転換を明記した。
独占禁止法と官製談合
「自由で公正な競争は、新しい知恵と市場を生み」
独占禁止法改正案の質疑で、官製談合などを念頭に、公正な競争環境を整えるための制度改革について政府と法案提出者の考えをただした。
石油公団改革と国の関与
「国の後押しの仕方、関与の仕方というものを考え直してくれないか」
石油公団改革をめぐり、民間で担える分野と国が関与すべき分野を整理し、従来とは異なる支援や関与のあり方を検討すべきだと述べた。
※ 内容の要点は公式一次情報をもとに整理しています。正確な文脈・全文は各リンク先の公式資料から確認できます。
鈴木康友氏の現在情報
県政最上位計画「しずおか ウェルビーイングプラン」のもと、財政基盤の強化と将来への成長投資を並行して進めている。2026年7月にはリニア中央新幹線静岡工区の着工容認を正式に表明し、県とJR東海は建設と地域振興に関する基本合意を締結した。
| 年月日 | 選挙 | 選挙区・地域 | 所属 | 結果 | 得票・順位 |
|---|---|---|---|---|---|
| 1999年 4月11日 | 衆議院静岡県第8区補欠選挙 初出馬。候補者3人。 | 静岡 8区 | 民主党 | 落選 | 82,318票 2位 |
| 2000年 6月25日 | 第42回衆議院議員総選挙 衆議院議員初当選。 | 静岡 8区 | 民主党 | 当選 | 102,938票 1位 |
| 2003年 11月9日 | 第43回衆議院議員総選挙 小選挙区では次点。比例東海ブロックで復活当選し2期目。 | 静岡 8区 | 民主党 | 当選 (比例東海ブロック復活) | 101,484票 2位 |
| 2005年 9月11日 | 第44回衆議院議員総選挙 比例東海ブロックにも重複立候補したが復活当選には至らなかった。 | 静岡 8区 | 民主党 | 落選 | 101,801票 2位 |
| 2007年 4月8日 | 浜松市長選挙 浜松市長初当選。 | 浜松市 | 無所属 | 当選 | 203,923票 1位 |
| 2011年 4月10日 | 浜松市長選挙 立候補者1人のため無投票で2期目。 | 浜松市 | 無所属 | 当選 (無投票) | 無投票 |
| 2015年 4月12日 | 浜松市長選挙 3期目。 | 浜松市 | 無所属 | 当選 | 265,234票 1位 |
| 2019年 4月7日 | 浜松市長選挙 4期目。 | 浜松市 | 無所属 | 当選 | 195,728票 1位 |
| 2024年 5月26日 | 第21回静岡県知事選挙 立憲民主党・国民民主党推薦。推薦政党と本人の所属は区別し、所属党派は無所属。 | 静岡県 | 無所属 | 当選 | 728,500票 1位 |
本文内の関連投稿に加えて、本人の公式Xから最新の投稿を表示しています。
@suzuki_yasutomo の公式Xを見る- 生年月日、出身地、大学、松下政経塾卒塾、会社経営、衆議院議員、浜松市長、指定都市市長会、静岡県知事など主要経歴を確認
- 現職、2026年度県政方針、財政基盤強化と成長投資を確認
- 松下政経塾1期、企画会社経営、政治団体役員、衆議院議員2期、浜松市長4期、静岡県知事、無所属、公式Xを確認
- 少年時代、学校生活、大学進学、松下政経塾時代のエピソードを確認
- CAIO、県庁AI活用方針、全職員利用、業務削減目標を確認
- 2026年7月の県・JR東海基本合意と地域振興に関する合意内容を確認
- ウェルビーイング、スタートアップ支援、県内企業との共創、2026年の県政認識を確認
- 静岡県知事の任期と当選回数を確認
- 2024年静岡県知事選の日程、候補者、党派、開票結果を確認
- 少年時代の卒業文集、政治への関心、防災・産業政策に関する発言を確認
- 浜松市長選へ転じた経緯、市長就任時の財政改革への認識を確認
- 再生可能エネルギー、浜松新電力、森林、多文化共生、SDGsに関する考えを確認
この記事の更新履歴
- 2026年10月2日 H2過多を整理し、主要章はH2、経歴イベント・政策細目はH3へ統一。本文内容は削除せず維持
- 2026年10月2日 学歴後の最初の職歴・政界入りを経歴H2へ再配置し、後続の経歴項目を人物固有H3へ整理
- 2026年10月2日 経歴の続きと重複政策H2をH3へ整理し、高橋光男・岸本周平記事と同じ見出し階層へ統一
- 2026年10月2日 本文内の手動管理ショートコードと監査用の汎用H3を撤去し、WordPress側の自動表示と内容に即した見出し構造へ整理
- 2026年10月2日 本文内の公式X投稿が5件未満の記事について、既存の関連投稿を保持したまま本人公式Xの最新投稿で不足分を補完
- 2026年10月2日 生い立ち・学歴・経歴の本文に人物固有のH3小見出しを追加し、長文の視認性と検索意図の整理を改善
- 2026年10月2日 主要見出しを「生い立ち・学歴・経歴」の3本柱へ統一し、既存本文を維持したまま検索意図と読みやすさを整理
- 2026年10月2日 本文の重要な年月・当選・就任・退任などを赤文字で強調し、重要箇所の視認性を改善
- 2026年9月28日 本人の公式一次情報をテーマ別に確認できる一次情報深掘りセクションを追加・更新。
- 2026年9月8日 記事を新規作成。現況情報を確認



















