福島みずほ氏は、政治家になる前から弁護士として女性や子ども、外国人などの人権問題に向き合ってきました。裁判や市民運動を通じて法律を変えようとしてきた経験を持つ政治家です。
その歩みは宮崎での少女時代、東京大学での学生生活、弁護士としての活動を経て国会へと続きます。社民党党首、国務大臣も経験した政治人生を、本人の言葉とともにたどります。
- 法律家として社会の中にある差別や不平等と向き合ってきました。
- 裁判・市民運動・国会への働きかけを経て、自ら立法する政治の世界へ進みました。
- 平和、人権、ジェンダー、労働、脱原発を長く政治活動の柱としてきました。
宮崎県延岡市に生まれ、県内を転校した少女時代
福島みずほ氏は1955年12月24日、宮崎県延岡市に生まれました。父親が宮崎銀行に勤務していたため転勤が多く、宮崎県内の小学校を転々としています。
本人によると、転校する前は内向的な子どもでしたが、新しい学校へ早くなじもうとするうちに次第に外向的になっていきました。本を読むことが好きで、小説家やジャーナリスト、弁護士など「言葉を使う仕事」に関心を持っていたと振り返っています。
父方の家族には海外とのつながりもありました。祖父母は米国へ移住した経験があり、父親はハワイで生まれています。父は幼い頃に日本へ戻り、その後宮崎で生活しました。
2023年、自身のこれまでを振り返った文章では、子ども時代について短くこう記しています。
私は幸せな人生を送ってきた。
出典:福島みずほ公式サイト「幸せな人生を送ってきた」(2023年6月26日)
高校1年生で弁護士を志し、東京大学法学部へ
日南市立飫肥小学校、宮崎大学教育学部附属中学校を経て、宮崎県立宮崎大宮高等学校へ進みました。高校1年生の頃には、将来は弁護士になると決めていたといいます。
きっかけの一つは、子どもの頃に映画館で見た公害を伝えるニュース映像でした。被害を受けた人々と、その裁判に取り組む弁護士の姿を知り、法律家という仕事を意識するようになります。
父親からは、当時の社会では女性であることが働く上で不利になることもあるため、資格を持って仕事をするよう勧められていました。高校卒業後の1974年、東京大学法学部へ進学します。
大学では「裁判問題研究会」で活動し、労働災害、職業病、住民運動などの現場を訪ねました。1975年の国際婦人年には、学園祭で女性問題をテーマにしたシンポジウムを企画し、資料を集めて登壇者を訪ね歩いています。
1980年に大学を卒業。司法試験では苦労した時期もありましたが、女性弁護士の先輩たちから励まされ、1987年に弁護士登録しました。
弁護士として女性・子ども・外国人の人権問題へ
弁護士登録後は仙谷・石田法律事務所に入りました。同じ頃、アジアから日本へ来た女性の緊急避難施設「女性の家HELP」の協力弁護士となり、人身売買、離婚、認知などさまざまな相談や事件に携わります。
セクシュアルハラスメントや男女の賃金差別、妊娠・出産を理由に退職を迫られた女性の裁判にも取り組みました。さらに、選択的夫婦別姓や婚外子差別の問題は、長く続く活動分野となります。
1988年には、結婚前の姓名を研究や講義で使用してきた国立大学教員が旧姓使用を求めた裁判に弁護団の一人として参加しました。この裁判は約9年を経て和解しています。
婚姻届を出していない両親から生まれた子どもについて、住民票の続柄欄などで生じていた差別をなくす裁判や市民運動にも参加しました。裁判だけでなく、民法改正を目指して参議院法制局へ通い、議員へのロビー活動も続けています。
こうした経験を重ねる中で、裁判で個別の問題を解決するだけでなく、法律そのものを変える必要性を強く意識するようになりました。
土井たか子氏の誘いで1998年の参院選へ
1989年以降、福島氏は参議院法制局で法案づくりに関わり、国会内でのロビー活動も経験していました。1990年代初めには土井たか子氏の選挙応援にも入り、以前から面識がありました。
その土井氏から、今後国会で安全保障法制をめぐる議論が相次ぐとして、一緒に活動してほしいと声をかけられます。
私自身、有事立法の成立には反対でしたから、悩んだ末に立候補しました
出典:Attorney’s MAGAZINE Online「弁護士 福島みずほ【弁護士の肖像】」(2010年3月号)
1998年7月の第18回参議院議員通常選挙で初当選。当時の比例代表は拘束名簿式で、社会民主党の比例名簿1位として国会へ入りました。
国会では弁護士時代から関わっていた人権や家族法に加え、DV防止法、児童虐待防止法の改正、刑務所での人権問題、外国人・難民の権利などにも活動領域を広げました。
2001年10月には社会民主党幹事長となり、2003年11月には党首に就任。社会民主党神奈川連合代表も兼ねました。
鳩山内閣で初入閣、辺野古への署名を拒否して罷免
2009年9月、民主党・社会民主党・国民新党による連立政権が発足すると、福島氏は鳩山内閣で内閣府特命担当大臣に就任しました。
担当したのは少子化対策、消費者行政・食品安全、男女共同参画などです。自殺対策、DV被害者支援、児童虐待、貧困、労働者派遣法の見直しなどにも関わりました。
大きな対立点となったのが、沖縄県の米軍普天間飛行場移設問題です。2010年5月、辺野古への新基地建設を含む政府方針に対し、福島氏は閣議決定への署名を拒否しました。
2010年5月28日、鳩山由紀夫首相から大臣を罷免されます。
私は、言葉に責任をもつ政治をやりたいと思います。
出典:福島みずほ公式サイト「言葉に責任をもつ政治」(2010年6月1日)
その2日後、社会民主党は連立政権からの離脱を決定しました。同年7月の参院選では福島氏自身は3回目の当選を果たしています。
10年間の党首を退き、2020年に再び党の先頭へ
2003年から社会民主党を率いてきましたが、2013年7月、前年の衆院選と同年の参院選の結果について責任を取るとして党首辞任を表明しました。同年11月には副党首に就任しています。
2020年2月の党大会では、立憲民主党などとの合流をめぐり党内で議論が続く中、約6年半ぶりに社会民主党党首へ復帰しました。
2021年には、長年の人権・ジェンダー分野などでの活動を背景に、フランス政府から国家功労勲章シュバリエを受章。2022年の参院選では比例代表で5回目の当選を果たしました。
2026年には13年ぶりに複数候補による社会民主党党首選が実施されました。3月の第1回投票で過半数を得た候補がいなかったため再選挙となり、4月6日の決選で福島氏が2,364票、大椿ゆうこ氏が1,792票を得て再選されました。
私は社民党を守り、大きくし、未来に引き継ぎます。
出典:社会民主党「2026社民党党首選挙」(公開日記載なし)
福島みずほ氏が重視してきた政策・政治姿勢
選択的夫婦別姓と同性婚、家族法の見直し
選択的夫婦別姓は、弁護士時代から継続して取り組んできた政策です。国会では民法改正による制度導入を求めるとともに、同性カップルにも婚姻制度を認めるよう主張しています。
2025年5月の参議院法務委員会では、選択的夫婦別姓と同性婚をめぐって法務大臣と議論しました。
何で人が幸せになることを法律が阻むんですか。
出典:福島みずほ公式サイト「2025.5.20 参議院 法務委員会での質疑」(2025年5月20日)
働く人の待遇改善と社会保障
労働政策では、非正規雇用の待遇改善、長時間労働の是正、最低賃金の引き上げを重視してきました。社会民主党の政策では、最低賃金を全国一律1,500円へ早期に引き上げることや、社会保険料の労働者負担軽減などを掲げています。
医療・介護については、病床削減や地域医療の縮小に反対し、医療・介護従事者の待遇改善を主張。教育費の負担軽減や、生活を支える社会保障の拡充も訴えています。
憲法9条、沖縄の基地問題と安全保障
安全保障では日本国憲法9条を維持する立場を取り、沖縄県辺野古での新基地建設、長射程ミサイル配備、防衛費の大幅な増額などに反対しています。
2026年3月には、米国とイスラエルによるイランへの武力行使に反対する共同街宣にも参加しました。
外交での武力行使と国際法をめぐる姿勢
外交では、軍事力に依存するより対話と外交による解決を重視する姿勢を示しています。海外で武力行使が起きた際には、日本政府の対応について国会や記者会見で見解を表明してきました。
2026年3月には、米国の対イラン政策をめぐる高市首相の発言についても本人公式Xで批判しています。
外国人・難民の人権と市民の自由
被拘禁者、外国人、難民の人権も長く扱ってきた分野です。2026年4月には、在留資格の更新などに伴う手数料の大幅な引き上げに反対する集会へ参加しました。
安全保障を理由に国家の権限を広げる法制度にも慎重な立場です。2025年には、いわゆるスパイ防止法をめぐる議論について問題点があるとの見解を発信しました。
脱原発と脱炭素
原子力政策では原発再稼働に反対し、原発に依存しないエネルギー政策への転換を求めています。再生可能エネルギーの拡大と気候変動対策を組み合わせる立場です。
東日本大震災と福島第一原発事故から15年となった2026年3月の党首会見では、避難生活を続ける人々に触れました。
原発事故の被害は今も現在進行形で続いている
出典:社会民主党「3月11日の福島党首会見」(2026年3月17日)
犬猫の殺処分ゼロと動物福祉
人権や平和だけでなく、動物福祉も継続して扱っています。「犬猫の殺処分ゼロをめざす動物愛護議員連盟」では事務局長を務め、動物愛護管理法や殺処分を減らす仕組みに関わってきました。
福島みずほ氏の現在情報
参議院では外交防衛委員会、行政監視委員会、北朝鮮による拉致問題等に関する特別委員会に所属しています。
| 年月日 | 選挙 | 選挙区・地域 | 所属 | 結果 | 得票・順位 |
|---|---|---|---|---|---|
| 1998年 7月12日 |
第18回参議院議員通常選挙
初当選。社会民主党の比例名簿1位
|
比例代表 | 社会民主党 | 当選 | 個人名得票なし(拘束名簿式) 名簿1位 |
| 2004年 7月11日 |
第20回参議院議員通常選挙
2回目の当選
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比例代表 | 社会民主党 | 当選 | 640,832票 社会民主党内1位 |
| 2010年 7月11日 |
第22回参議院議員通常選挙
3回目の当選
|
比例代表 | 社会民主党 | 当選 | 381,554票 社会民主党内1位 |
| 2016年 7月10日 |
第24回参議院議員通常選挙
4回目の当選
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比例代表 | 社会民主党 | 当選 | 254,956票 社会民主党内1位 |
| 2022年 7月10日 |
第26回参議院議員通常選挙
5回目の当選
|
比例代表 | 社会民主党 | 当選 | 216,984票 社会民主党内1位 |
動画で見る福島みずほ氏が政治を目指した理由
本人公式YouTubeでは、弁護士から政治家へ進んだ経緯を本人自身が振り返っています。土井たか子氏から声をかけられた当時の迷いや、政治にどのような役割を求めているのかを動画で聞くことができます。
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本名、生年月日、出生地、比例代表、当選年、当選回数、弁護士歴、委員会所属を確認
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学校歴、弁護士経歴、初当選、社民党幹事長・党首、国務大臣、罷免、党首再任などを確認
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辺野古をめぐる閣議決定への署名拒否、大臣罷免、本人の説明を確認
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鳩山内閣への入閣と内閣府特命担当大臣としての在任を確認
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社会民主党党首、参議院5期、比例代表、公式サイト・SNSを確認
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2026年4月6日の党首選再選挙と福島みずほ氏の再選を確認
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労働・社会保障、ジェンダー、人権、平和・沖縄、脱原発・環境などの政策を確認
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選択的夫婦別姓、同性婚、家族法に関する国会質疑を確認
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2026年時点の原発事故、外交、安全保障に関する発言を確認
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幼少期、高校時代、東京大学時代、弁護士活動、土井たか子氏からの出馬要請を確認
この記事の更新履歴
- 2026年8月26日 記事を新規作成。参議院議員5期、2026年社民党党首選再選、委員会所属、主要政策、公式SNS等の現況情報を確認






















































